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特集 京都の文化遺産の保存と継承 4 「京都市指定有形民俗文化財 伏見の酒造用具」

はじめに

写真1  濠川からの月桂冠内蔵

写真1 
濠川からの月桂冠内蔵 
月桂冠大倉記念館 提供

写真2 酒林

写真2 酒林 月桂冠大倉記念館 提供

伏見の酒造業は、昭和30年代後半から導入されはじめた機械化により、従来の酒造用具は急速に姿を消した。今回紹介する京都市指定有形民俗文化財「伏見の酒造用具」6,120点(指定年月日:昭和60(1985)年6月1日 月桂冠株式会社所蔵)は、酒造業の近代化以前のものを中心に、桶、樽つくり用具や、印ごも等の出荷用具、信仰儀礼用具、杜氏をはじめ蔵人たちが寝起きする会所場の道具を含めて、酒造にかかわる工程のすべてにおよんでおり、かつて伏見で行なわれていた酒造りを知るうえで貴重な資料である。これらの資料は、月桂冠大倉記念館(京都市伏見区南浜町247番地)で展示・収蔵されている(写真1)。
酒造りは各蔵において「杜氏」を頂点とした技能集団である蔵人によって行われ、その技量は、酒の出来栄えや味に大きく影響する。杜氏は、自身のもとで作業を行う蔵人を連れ、農村や漁村から農閑期、漁閑期に蔵元に赴き、酒造りに携わるのである。その季節は、ちょうど酒造り(寒造り)に適した時期でもある。月桂冠では、山内(秋田)・南部(岩手)・越前(福井)・丹波(兵庫)・但馬(同)・広島と、最大で六流派の杜氏が在籍し、それぞれの蔵で酒造りを行っていた。そのため、「伏見の酒造用具」とはいえ、各流派が行っていた酒造りに関する道具が収蔵されており、同じ名称でも微妙に形の違いがある。しかし、名称に大きな違いがないことが興味深く、その量と種類の多さは、作業の内容によって使い分けられているためである。
現在、国指定重要有形民俗文化財として、「灘の酒造用具」 566点(菊正宗酒造所蔵 兵庫県神戸市)、「肥前佐賀の酒造用具」 2,334点(大平庵酒造所蔵 佐賀県多久市)、「南部杜氏の酒造用具」 1,788点(南部杜氏伝承館所蔵 岩手県花巻市)がある。また各地には、県指定や市町村指定の酒造用具があるが、月桂冠の6,120点という指定点数は、類を見ない収蔵点数である。しかし実際は、これ以上の点数を保有している。

1.酒造工程に見る酒造用具

酒造用具は、それぞれの工程ごとに細分化され、文化財指定では、A~Pに分類している。同じ形の道具が別の作業工程で使われているものもあり、特に桶類については多く見られる。一方、転用がなされていたのではないかと思われる用具もあり、常に新しい用具を使う工程から、それを必要としない工程へと合理的な序列があったとも考えられる。いずれにしても工程ごとに決まった道具があり、兼用はされていなかったようである。

A:精米工程 32点
玄米の外層部を削り取って、白米にする工程をいう。これによって酒造に適さない蛋白質や脂肪分などを取り除く。
B:水汲み工程 22点
酒造りに最も重要なのは、仕込水である。良質の水が沸く井戸は蔵人たちによって管理されていた。この工程で用いられる道具に「ぐり桝」がある。ぐり桝は、水を汲みながら計量するために酛(もと)つくりや醪(もろみ)つくりの工程でも同じ形のものがある。桶の把手が円筒形で、自在に回転することができることによって、常に水平を保つため、正確な容量を計りながら「担い桶」に入れることができる。
C:桶洗い工程 26点
「仕込桶」や「貯蔵桶」など、木製の桶の洗浄は、酒造りにとって重大な影響をおよぼす作業である。これを怠ると、酒が腐ってしまうからである。大桶に熱湯を入れ、蓋をして“湯ごもり”した後、「ささら」を用いて洗浄する。この工程を何回も繰り返し行った後、庭で天日乾燥いわゆる日光消毒を行うのである。
D:洗米・漬米工程 52点
白米を洗い、表面に付着している糠などを取り除く工程である。洗米には、両手を使用して巴形に洗う“手洗い法”と、踏桶を用いて素足で洗う“足洗い法”がある。洗い終えた白米は、呑穴(のみあな)をあけた底部内側の隅に金網を張って水を流す際に米が一緒に流出しないよう、工夫された「漬桶」で米を漬ける。それぞれの米の産地や品種、精白度、収穫年度により、吸水時間が異なるため、水に漬けた後、“水切り”には、熟練の技術が必要であり、その際に「水切り札」に時刻を記す。
E:蒸し米用具 169点
水切りをした白米を「甑(こしき)」に入れ、「大釜」で沸騰させた蒸気で蒸し上げる。この蒸気を均一に回すため、甑の底に空けた穴に「さる」を置く。甑には、保温を目的として筵(むしろ)と縄を巻き付けているが、杜氏の流派で異なる美しい飾り縄が施されている。蒸しあがった米は、「飯試(めしだめ)」で運び、杜氏や頭が、「櫂割(かいわ)り」で「筵」に広げ放冷を行う。
F;麹作り用具 611点
「麹室(こうじむろ)」に冷ました蒸し米を広げ、もやしと呼ばれる種麹を散布し、麹菌を付着させる。その後、「盛桝」を用いて「麹蓋(こうじぶた)」に入れ麹菌の繁殖や育成をさせる。
G:酛つくり用具 185点
醪(もろみ)つくりの元になるものを酛(もと)といい、いわゆる酒母である。優良な酵母を大量に培養したものである。30℃くらいに冷ました蒸し米を「酛半切」に入れ、「麻布」で包み込んでしばらく保温したのち、そこに麹と水を入れ、3~4人で「酛櫂(もとかい)」を用い、蒸し米を摺りつぶす。摺りつぶした酛は、「酛卸桶(もとおろしおけ)」に入れ、育成させる。酛の加温や糖化をはかるため、湯を入れた「暖気樽(だきだる)」を酛卸桶の中に入れ、温度の調整を行う。暖気樽や「酛御桶」、「半切」、「櫂」などに付着した酛や醪を掻き落とす際に用いる「箒(ほうき)」は、蔵人たちがコウヤボウキの枝を束ねて作った。
H:醪つくり用具 189点
醪(もろみ)とは、約7%の酛の上に冷ました蒸し米と水を加えて混ぜ合わせ、醗酵させるものである。蒸し米のでんぷんが麹菌によって液化ならびに糖化され、この糖を酵母菌の働きによってアルコールに変化する二つの作用が同時に並行して行われる工程である。醗酵が盛んになると、大量の泡が発生する。泡が「大桶」や「三尺桶」からあふれ出ないよう、桶の上縁に「泡笠」を継ぎ足し、同時に「泡消し」を用いて泡の流出を防ぐ。
I:酒しぼり用具 3206点
醗酵が完了した醪を「きつね」や「たぬき」などの小型の桶で「酒袋」に入れ、「酒槽」の中に積み上げて搾る。酒袋の中のもろみは最初は自重で自然に絞られるが、袋の中身が少なくなると、「押蓋」を乗せ、その上に「りき」や「盤木」を置き、圧力をかけて搾る。「酒袋」は、木綿に柿渋加工を施したものである。「酒槽」から出てきた酒は、肩部より下を地面に埋められた「垂れ壺」にたまる。
J:滓引(おりび)き用具 17点
酒槽から出た酒は、まだ白く濁っている。それを細桶に入れ数日間放置し、底に混濁物を沈殿させ、上部の上澄み酒を別の桶に移す。上澄み酒を移す際にも沈殿物が混じらないよう、「すずめ」を用いで流量の調整を行う。
K:夏囲い用具 123点
濾過後の新酒を殺菌するため、熱湯を入れた桶の中で管をコイル状にした「蛇管」に酒を通しながら加熱する。62℃~ 65℃に加熱し、「貯蔵桶」に入れる。火入れした酒は「貯蔵桶」に蓋をして密閉するため、桶と蓋の間を和紙で目張りする。各貯蔵桶の酒は常に品質管理のため、「検酒びん」に入れ、確認する。
L:蔵内用具 69点
一つの道具で特化した工程で用いられるものではなく、酒造りの中で常に用いられるものを、文化財指定では蔵内用具と分類している。大型の桶などを移動する際に用いられた「阿弥陀車」や、様々な工程で用いられた「担い桶」、また、「蔵あんどん」や「庭箒」である。
M:会所場用品 2点
杜氏をはじめ蔵人たちが寝起きする場所を会所場といった。会所場は、休憩や食事を行う場所でもあったので、「箱膳」や「飯台」がそろえられている。
N:印こも等出荷用用具 1214点
出荷用の酒樽に巻く「菰」に商標などを渋塗の「型紙」を用いて「丸刷毛」で色や文字を刷り込んだ。印を押す場所によって、「朱印」、「うた」、「うた下」、「まくら」、「中押し」など、それぞれ決まった名称がある。「木箱用」としては、「焼き印」や「刷り込みの型金」がある。
近辺への出荷のには「籠」を用いており、その際壜(びん)の割れを防ぐため麦藁で「苞(つと)」被せていた。「酒壜」には、初期の「口金付き清酒壜」や実用新案登録を持つ「駅売り用の猪口付壜」がある。また、出荷作業や販売に従事していた人たちが着用する「前掛け」や「印半纏」は、時代によって、デザインが異なっている。
O:桶・樽つくり用具 197点
酒造りの工程や出荷にはさまざまな種類の桶・樽が用いられていた。伏見においては、近隣の濠川沿いに桶屋や樽屋が軒を連ねていた。酒樽の場合、清酒特有の香りを持たせる必要から、杉の中でも香り、色、木目がよい、奈良県の吉野杉が用いられた。吉野からは規格に沿って板として切断され束になった樽丸を購入し、樽職人によって樽に仕上げられる。
樽と桶は、蓋の有無のほか、樽は板目を用い、桶は柾目といった相違点があるものの、使用する道具については、同じ形のものも多い。
P:信仰儀礼 6点
酒蔵では、入口に杜氏によって作られる注連縄を張り、軒には酒林が飾られている。このように酒造りに関わる人たちは信仰心が篤く、酒蔵内の神棚では、神札が納められている。京都市の松尾大社、奈良県の大神神社が名高く、「酒林(さかばやし)」(写真2)は、三輪明神の杉の葉を球状に束ねたもので、毎年新酒ができたころに取り換えられる。

2.酒造用具の名称について

酒造用具には、動物や生き物、食物の名前が付いたものがある。きつね、たぬき、さる、さるのべべ、ねこ、かえる、つばめ、すずめ、とんぼさし、きゅうり、ごんぼ、かぶら櫂、まんじゅうなど、それぞれの道具の形状をうまく表現している。これらの名称は、伏見に限らず、各地の酒造用具にも用いられている。

写真3

写真3

〇きつね(写真3)
酒袋にもろみを詰めるのに用いる。口の部分が注ぎやすいよう細く工夫されており、また口の方が高くなっているものもある。内側の両側(場合によっては片側)の上部に、握りやすいよう突起した部分がある。きつね一杯が酒袋一杯の分量となる。


写真4

写真4

〇たぬき(写真4)
きつねと同じ用い方をする。


写真5

写真5

〇さる(写真5)
蒸米を行う際に、甑穴から上ってくる蒸気を甑内に均等に分散させるために、下部の中央部から放射状に排気口(溝)が出ている。その角度や数はさまざまである。上部は山形状になっている。


〇さるのべべ
甑桶で米を蒸す際に、さるの隙間に米粒が、入らないよう、さるの上にかぶせる粗目の綿布。


写真6

写真6

〇ねこ(写真6)
酛造り等の作業をする時、足場用に使用する


写真7

写真7

〇かえる(写真7)
桶洗い、蒸し取り、醪仕込などで使用する傾斜のついた足場台である。傾斜面に垂直にすべり止めが付いている。大きな桶に上る際に用いる。使用する桶の大きさにより、蛙の大きさも変わる。


写真8

写真8

〇すずめ(写真8)
滓引き工程で用いられる。細桶の上呑口に差し込み、上澄酒を半切に受ける際に呑口から出る酒の量の調節を行う。


〇とんぼざし
ヒズミのない8cm角程度の横棧にT字型の目盛がついている。桶の中央の両縁に横棧を掛けて液面までの距離を計測することによって中の酒の量を計る。


写真9

写真9

〇きゅうり(写真9)
上部は山形、下部に曲線の溝がある。湯杓が釜縁に接触して損傷するのを防止するために用いる。釜の湯を汲み出す湯杓の柄が、釜縁に直接当たらないよう釜縁にはめる。


写真10

写真10

〇ごんぼ(写真10)
火入れした後の酒を入れた貯蔵桶に蓋をして、蓋と桶の隙間をふさぐために反古になった和紙を細長い棒状にして、桶の凸凹の箇所に下帖りし、その上から目張紙をふのりで張り付ける。


写真11

写真11

〇つばめ(写真11)
貯蔵用として桶と蓋を密閉させるために目張紙を張る。糊の付いた目張紙を乗せて桶輪に引掛ける。


〇かぶら櫂
醪仕込の様々な工程で、攪拌のために用いられる。


〇まんじゅう
円形の厚板(材)の中心に、蒸気の通る穴があいており、小量の米を蒸す際に、釜の上にまんじゅうを置き、小型の甑を乗せて用いる。

おわりに

月桂冠株式会社は、いち早く近代的な酒造りに移行し、それまで使われてきた道具類は使わなくなった。一般的には道具は使えるまで使い,工程により使えなくなったものから新調するというサイクルで あるが,古式の道具が使用可能な状態でありながら,あえて衛生面を配慮し,道具の素材を新しくした。そのため,各工程に使用された道具がまんべんなく残っていた。
衛生面や品質向上への対策の一つに,昭和2年の鉄筋コンクリートの醗酵蔵「昭和蔵」の建造がある。木造蔵よりも異物の混入の心配が少なく,さらに機械による空調を使用することで,醗酵に最適な環境を作ることが出来た。また,それより以前には、業界のトップを切って防腐剤無添加の壜詰に挑戦する。全国に販売ルートを持つ酒問屋の明治屋の要請で,防腐剤のサリチル酸の添加を廃止する。明治政府は,内務省令で,サリチル酸の食品への添加を明治36年に禁じたが,清酒のみは,暫定的に明治44年まで猶予された。これは,明治政府の歳入の約3割が酒税であったことに対する配慮であるが,暫定使用期限は少しずつ何度か延長され,大正3年に無期限延期とされた。当時の月桂冠のポスターには、「絶対に防腐剤を含まず」の文言が必ず入っており、内務省令の最初の使用期限である明治44年を遵守することの出来たただ1軒の酒造家であった自負が窺える。その後、健康志向の高まりに対応して日本酒造組合中央会として,昭和44年にサリチル酸の使用を自粛して今に至る。
このようにいち早く衛生面や品質向上に取り組んだ結果、京都市指定有形民俗文化財「伏見の酒造用具」6,120点を所蔵する月桂冠であるが、昔の酒造りの技術も継承している。冬のみの出稼ぎの杜氏制度が維持できなくなることを見越して,昭和50年代には、全国の主だった流派の杜氏を雇用することで,昔からの技術の伝承を図った。平成23年3月31日,杜氏制度は終了するが,杜氏の技術は社員によって受け継がれ,今も内蔵では社員により手作業の多い酒造りを行っている。

本稿の酒造工程や道具の使用方法については,『京都市文化財ブックス第2集「伏見の酒造用具」』(1987年発行)京都市文化観光局文化観光部文化財保護課を参考にした。
令和2年8月1日現在、月桂冠大倉記念館は改修工事中につき施設見学はできません。

京都造形芸術大学教授・当財団専門委員
伊達 仁美
(会報128号より)