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特集 京都の彫刻・工芸品 -4- 「玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱・玳瑁貼金銅五子文如意 -泉涌寺の美術工芸品から-」

京都市文化市民局文化芸術都市推進室文化財保護課技師
山下 絵美

はじめに

[写真1] 玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱

[写真1] 玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱 左が香炉箱、右が据箱
(写真3以外は京都市文化財保護課撮影)

[写真2]玳瑁貼金銅五獅子文如意

[写真2]玳瑁貼金銅五獅子文如意

鼈甲べっこう」ときいて思い浮かべるものといえば、眼鏡でしょうか、櫛でしょうか。黄色と褐色のまだら模様がつくりだす、半透明で深みのある風合いは、古来ひとびとを魅了し、多くの工芸品が生み出されました。今回は、最近おこなった美術工芸品調査で出会うことのできた、鼈甲、つまり玳瑁たいまいを用いた泉涌寺伝来の美しい工芸品「玳瑁張金銅獅子牡丹文説相箱たいまいばりこんどうししぼたんもんせっそうばこ」[写真1]と「玳瑁張金銅五獅子文如意たいまいばりこんどうごししもんにょい」[写真2]を紹介します。


1. 泉涌寺の美術工芸品

泉涌寺[写真3]は、京都市東山区に所在する真言宗泉涌寺派の総本山です。建保6年(1218)、俊芿(仁安元−嘉禄3〈1166-1227〉)により、律を中心とした真言・禅・浄土の四宗兼学の道場として開かれました。泉涌寺が「御寺みてら」とよばれるのは、皇室との御縁が深く、歴代多くの天皇の御葬儀がこの地で営まれ、御陵が築かれてきたことによります。よって泉涌寺に伝来する什物は、俊芿やその弟子である湛海たんかいなどの入宋僧が請来したものや創建に関わるもの、そして歴代天皇の宸筆・綸旨・肖像画・念持仏・遺愛品など皇室ゆかりのもの、大きくはこのふたつから成ります。
美術工芸品の指定文化財としては、泉涌寺造営の喜捨きしゃを仰ぐために俊芿が執筆した「泉涌寺勧縁疏かんえんそ」(承久元年〈1219〉・国宝)など国宝2件、湛海が請来したと伝わる楊貴妃ようきひ観音像(南宋時代・重要文化財)など重要文化財6件、京都府指定文化財の木造俊芿律師坐像(鎌倉時代)、京都市指定文化財の「紙本金地著色朝鮮通信使歓待図八曲屏風」(狩野益信筆・江戸時代)があり、このほか山内の塔頭寺院を含めると、多くの文化財が知られています。
泉涌寺は応仁の乱により創建当初の伽藍は全て失われますが、後水尾上皇の要請により寛文4年(1664)から9年(1669)にかけて大造営が行われ、再興が成されます。これ以降の史料や施入された品々、天皇遺愛品も多く、「玳瑁張金銅獅子牡丹文説相箱」「玳瑁張金銅獅子文如意」もそれらのうちのひとつといえるでしょう。

2. 説相箱と如意

説相箱とは、法会のときに必要な品々を入れ、傍らに据え置く箱のことで、据箱・説僧箱・三衣箱などとも呼ばれます。柄香炉・名香・如意を納める香炉箱と、差定さじょう(法会の次第)や説相など法会のための状を納める据箱の2箱で1具として用いられますが、香炉箱・据箱の大小や、1箱単独か、あるいは2箱で1具かなどの形態については時代差があることが指摘されています。現存作例としては、奈良・大和文華館所蔵の銅版地花鳥螺鈿説相箱(平安時代・重要文化財)や、本品と同様2箱1具の京都・醍醐寺所蔵の沃懸地いかけじ螺鈿説相箱(鎌倉時代・重要文化財)箱などがあります。説相箱の材質についてはいずれも木製で、長方形で蓋はなく、下方に格狭間こうざまを透かした床脚がつく構造で、蒔絵まきえ螺鈿らでん・金属などで装飾されます。
如意は、摘爪(爪切り)や耳鉤(耳かき)とともにかつては僧侶の生活具で、骨角・竹木を彫刻して人の手指爪をつくり、手の届かない痒いところを意の如く掻くためのものとしてこの名が付いたようですが、やがて威儀をととのえるための儀式用具になりました。滋賀・聖衆来迎寺所蔵の犀角如意(平安時代・重要文化財)や、奈良・東大寺所蔵の玳瑁如意(平安時代・重要文化財)などが知られます。

3. 玳瑁を用いた工芸品 −正倉院宝物から−

玳瑁というウミガメ科のカメの甲羅を加工したものを、一般的に鼈甲と呼びならわしています。角や骨などとともに、動物素材を用いた工芸品は古代からみられ、正倉院宝物にも複数みることができます。昨秋、奈良国立博物館で催された「第70回 正倉院展」においても、玳瑁を用いた品々が来場者を感嘆させました。仏前への献物箱と推定される「玳瑁螺鈿八角箱」は、木製で底面以外を玳瑁貼とし、花鳥文や連珠文をくり抜き、琥珀や線刻をほどこした螺鈿嵌め込んでいます。「筝柱そうのじ琴柱ことじ)」は木製で、金箔押しの上に墨と絵の具で文様を描いたうえに玳瑁を貼るという、玳瑁の透明感を活かし、下層に金箔や絵を描くといった、伏彩色の技法が用いられています。「玳瑁如意」については、全長50㎝、厚み4㎜ほどの全てを玳瑁から作り出したものです。こうして玳瑁は、熱によって変形するなどの特性や透明感が活かされ、単独あるいは他素材と組み合わせることで工芸品に採り入れられてきました。

4. 玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱・玳瑁貼金銅五獅子文如意

[写真3] 舎利会での使用例。

[写真3]
舎利会での使用例。導師が着座する礼盤の左に据箱、右に香炉箱が置かれる。
提供/泉涌寺

[写真4] 玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱

[写真4]
玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱
金銅獅子形金具

[写真5] 玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱

[写真5]
玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱
金銅牡丹形金具

[写真6] 如意枘表面刻銘

[写真6]
如意枘表面刻銘

泉涌寺に伝来する「玳瑁貼金銅獅子牡丹文説相箱」と「玳瑁貼金銅五獅子文如意」は、現在も特定の儀式で使用されています[写真3]。
説相箱のうち、香炉箱は長辺35.2㎝、短辺29.5㎝、高さ10.8㎝を測ります。木製で、角を丸くした長方形で、下半分には、格狭間を透かした床脚しょうきゃくを備えます。口縁と脚の上下には、鍍錫としゃく(スズメッキ)をほどこしたと思われる真鍮製の金具をめぐらせています。側面には玳瑁8枚が貼り合わされ、継ぎ目には金継がされています。玳瑁の下層は、黒漆を下地として金箔が貼られていることが観察できます。
側面にとりつけられた8個の金銅製の獅子形金具は、獅子の姿勢が異なり、正面を向く姿、後ろを振り返る姿、上を向く姿の3種類があります[写真4]。いずれも、銅板を金鎚で立体的に打ち出す鎚起の技法で高肉に形づくられ、表面には数種類のたがねでたいへん細かな線刻や模様がほどこされています。
牡丹形金具[写真5]も高肉に打ち出され、透し彫りがほどこされます。牡丹の弁脈やしべ、葉脈、枝の節や苔など、じつに細かなところまでが表現されています。
胴にめぐらせた金具には、金銅製の小さな出八双金具が配されており、蓮華唐草文の余白には魚々子を打ち詰め、煮黒目にぐろめの技法で黒色をほどこすといった手の込みようです。箱の内面は尾長鳥と花卉文かきもんのある茶地の金襴裂を張り、外底部は畳付きまで金梨地の蒔絵がほどこされています。
据箱は香炉箱に比べて少し小さめで、長辺29.4㎝、短辺25.8㎝、高さ7.5㎝を測ります。口縁が受け口でない以外は、香炉箱とほぼ同形態・同意匠です。
如意は長さ、48.2㎝、頭の幅は20.9㎝を測ります。雲形頭部は銅板製で、金箔を押したうえに玳瑁を2枚継いで貼っています。縁に金銅製の覆輪ふくりんをめぐらし、表面には金銅製の蓮華形金具と獅子形金具を打ちます。
蓮華形金具は高肉に打出し、中心と八葉の蓮弁には、淡く伏彩色をほどこしたうえに水晶を嵌装します。5個配された獅子形金具は説相箱と同技法で、姿勢がそれぞれ異なります。
裏面に付く三鈷杵さんこしょ形金具、柄にかかる魚々子地蓮唐草文入八双形口金具、柄に挿す枘もそれぞれ金銅製で、枘の表面には籠時かごじで「田村因幡作」銘が刻まれています[写真6]。この作者については、現在のところ詳細はわかっていません。
柄は木製黒漆塗りで、尻に向かって弱く反らせ、両端に入八双形金具を嵌めます。金具の表裏には蓮唐草文を彫り表して、余白に細かな魚々子を打ち詰めます。さらに蓮唐草文・蓮肉・三鈷杵形金具には、それぞれごく細かい毛彫りがほどこされています。
説相箱と如意は同時期・同工房の制作とみられ、如意に付く金具の唐草文様の図様などから、これらは江戸時代前期に制作されたものと推定されます。


5. 玳瑁をひきたてる金工技術

本作品は、玳瑁の下層に金箔をほどこす伏彩色の技術のみならず、高肉打出しの華やかな金具、金梨地の蒔絵や金襴の布張りなど多素材を組み合わせており、それだけ多分野の技術が用いられていることがわかります。とくに金銅製金具の、異なる姿勢の獅子たちの動表現は、今にも飛び回りそうなほどにそれぞれが自由快活で、荘厳であるなかにも少しの愛嬌が感じられます。また、数種の鏨を駆使した細密な表現は、よほど接近して見ないと気づかないくらいのもので、施主の高い美意識と、それに応えるだけの高い技術を作者が持っていたことを物語ります。近世には刀装具や祇園祭山鉾の装飾品などにかざり金具が多く見られますが、錺金具にはそれ自体の輝く力のみならず、他素材を引き立てる力があります。

おわりに

玳瑁を用いた工芸品は、かつてのように生産されることはむずかしくなりましたが、それを代替する素材をもって「鼈甲模様」は現代の装身具に引き継がれています。そこには現代の技術が注ぎ込まれているように、近世の工芸品にも、過去の優品の研究・観察の成果がよくあらわれ、当時の技術が発揮さていることがよくわかります。数百年ものあいだ、厳かな場所で用いられてきたものをこうしていま振り返り、鑑賞できることは、たいへんありがたいことに思えます。

※本作品は通常非公開ですが、泉涌寺宝物館の企画展テーマにより公開される場合があります。

おもな参考文献

泉涌寺 『皇室の御寺 泉涌寺』平成3年
鈴木規夫 『供養具と僧具』(『日本の美術』No.283)平成元年
奈良国立博物館  『第70回「正倉院展」目録』平成30年

(会報124号より)