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特集 伝統建築工匠の技の保存と伝承 ~世界無形遺産登録の技術~ 「『建具製作』技術 その②」

日本の伝統建築工匠の技について、前回に引き続き「建具製作」について取り上げます。今回は具体的な伝統建具の製作技術として、日本家屋に多く用いられ親しまれてきた障子について紹介します。

1 「地獄」に組む=木の性質を最大限生かす技

地獄枘じごくほぞ

「地獄」は一度行くと元へは戻れない、あるいは拘束されて自由が奪われるなど、恐ろしい場所が連想されますが、伝統建築の用語で「地獄」という言葉を使ったものがあります。それは建築の組手で一度組むと二度と外せない(木を割るか切断しないと外れない)加工を表す言葉です。その代表的なものに「地獄枘じごくほぞ」と呼ばれる仕口があります(図1)。枘の先端に切り口を入れ、その先に楔を据え付けた状態で、あらかじめ奥方の幅を広く彫った枘穴に差し込んでいくと、楔が枘に設けた切り口に入り込んで枘の先端部が広がり、一度打ち込んでしまうと抜けなくなります。
この組立は職人さんにとって緊張する作業で、差し込み方がずれたりしても引き戻すことは出来ず、失敗すれば再び部材の製作からやり直さなければなりません。

図1 地獄枘

図1 地獄枘

写真1 左が蟻枘、右が通常の枘

写真1 左が蟻枘、右が通常の枘

写真2 蟻枘と框の枘穴

写真2 蟻枘と框の枘穴
枘の先の幅の方が枘穴より大きい。

写真3 枘の木殺し

写真3 枘の木殺し
枘の広がった部分をつまんで凹ませる。

写真4 枘差し

写真4 枘差し
凹ませた枘を手早く仕口に挿入する。

この考え方を応用したもので、木を知り尽くした職人ならではの素晴らしい技が伝統的な障子の仕口(木と木を交差させて繋ぎ合わせる加工技術)で用いられています(図2参照)。
桃山時代に製作された障子を例に紹介すると、わずか1.8㎝幅の障子の中桟(枠組材以外の桟。縦桟3本、横桟13本)の両端に、枘の先端の幅を広くする蟻と呼ばれる加工を施しています。通常の枘は真っすぐ差し込まれるだけなので、その形状は単純な平枘です(写真1)。
見ていただければおわかりのとおり、そのままでは枘穴に入りませんが(写真2)、木材は叩いたり押さえると凹み、時間が経つと元に戻るという性質を利用して、枘の広がった部分を組立前につまんで凹ませ(このような作業を木殺しと言います)、手早く枘穴に差し込んで組み上げるという構造になっています。また枘穴は蟻の形状の枘と全く同じ形に精巧に彫られており、当時の加工技術の高さがうかがえます。
さらにこの構造は、材料の加工だけでなく組立時の施工にも技術が必要です。実際組み立てる際には、枘と枘穴にあらかじめ糊(昔は米糊)が付けられますが、そうすると糊の水分を木材が吸収して早く膨らみます。多くの枘を凹ませて糊を塗って差し込む作業を手際よく一斉に行わないと、枘が膨らんでしまい組み上げきれないことも考えられますから、吸水による木材の変化状況を熟知していなければなりません。組み上がった後に、筆等で継手部分から水分を与えると、木はスッと水を吸い込んで直ぐに元通りの枘の形状に戻りますが、この作業も職人さんの長年の経験による智恵です。

図2 障子の構造と桟の仕口

図2 障子の構造と桟の仕口

■地獄組(網代組、捩子組)

写真5 地獄組

写真5 地獄組
桟を撓わせる作業は慎重さと大胆さが必要。

図1をもう一度見ていただくと、中桟が布糸のように1本おきに交互に通って組まれているのがおわかりでしょうか。桟の交差部分は合欠き(互いの材を半分ずつ欠き込んで組み合わせる仕口の工法)になっていますが、それらの欠き取る面を表裏で交互にして組み合わせると、このような形状になります。ただし、桟が細いと言っても簡単に布を編むように組めるものではありません。
組み立ての様子を写真5に示していますが、縦桟(写真では横向き)が通る幅まで横桟を交互に強く撓わせて仮の定規を嵌め込み、その状態で縦桟を通し、最後に定規を取り除いて組み立てる工法です。
慎重且つ大胆に力を加えて木を撓わせる作業は、力加減や材質のわずかな差で桟が折れてしまうことがあり、現場では真剣勝負の緊迫感が張り詰めます。
桟を撓わせる作業は慎重さと大胆さが必要。この工法は、厳選された良質の木材と高度な技が相まって可能となる技術で、まさにわが国木造伝統建築工匠の代表的な技の一つと言えます。
この型式の建具は全国的に希少で、現在では文化財修理でも製作されることがないため、残念ながら技術伝承の機会がありません。

2 その他のこだわりの技術

■鎌枘

写真6 框と上下桟の仕口

写真6 框と上下桟の仕口
鎌枘と呼ばれる形状の仕口加工

写真7 上下桟の仕口

写真7 上下桟の仕口
框への挿入方向が異なるため、鎌首の形状が上下で
異なる。

障子の上下の枠(上桟及び下桟と呼ぶ。)は、中桟と框が組まれた後に取り付けられる部材で、その両端には鎌枘と呼ばれる仕口が施されています(写真6.7)。よく見ると、鎌首のつくりが上下で異なっているのがおわかりかと思いますが、枘を仕口穴に入れ込んでいく際に、最初は鎌首を小さめにして入り易くし、最後にしっかり嚙み合って締まるようにしており、枘穴も鎌首と同様の形状で奥が細く窄まる繊細な加工が施されています。


紙决り

写真8 紙决りを施した障子

写真8 紙决りを施した障子
木部の濃い色部分は古色を付けた部分で、素木の部分が紙决り部分。1㎜にも満たない僅かな厚みを削ることにより、木部と紙の段差がない美しい仕上がりとなる。

障子の片面には和紙が貼られます。和紙は非常に薄いですが、それでもわずかな厚みがあります。その厚みを考慮して、和紙が貼られる部分を紙の厚さだけ木部を削ることを紙决かみじゃくりと言います。上質の建具にはこのような繊細な加工が施されていますが、ここに紙を貼る際には表具師の意識と技術も重要になります。障子紙は何度も貼り替えられていきますが、安易な貼り替え作業で紙決り部分を傷つけてしまうと、建具職人のこだわりが台無しになってしまいます。

普段何気なく見ている障子ですが、文化財建造物などに用いられている伝統建具をよく観察すると、昔の建具職人の意気込みや情熱が伝わってきます。現在は機械化が進み、見た目は同じような建具が安価で大量に製造されています。これに伴い建具職人が培った技を発揮できる仕事は著しく減少し、若い技術者が技を習得する機会もほとんど失われています。

このたびの障子製作の紹介に当たっては、国の「建具製作」選定保存技術者である鈴木正さんから建具資料の提供並びにご教示をいただきました。

京都女子大学教授
鶴岡 典慶
(会報131号より)