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1〜8■御土居(おどい)(国指定史跡) 所在地:京都市北区上長目町・堀川町 〃 北区平野鳥居前町 〃 北区紫野西土居町 〃 北区旧土居町2 〃 北区旧土居町3 〃 北区大宮土居町 〃 上京区寺町広小路上る北之辺町 〃 上京区馬喰町 〃 中京区西ノ京原町 豊臣秀吉が,京都の都市改造の一環 として洛中の防備と川の氾濫から市街 地を守る堤防として築いた土塁で,そ の延長22.5kmに及び,土塁の内側 を洛中,外側を洛外と呼び,要所には 七口といわれる出入口が設けられまし た。現在,9カ所が史跡として保存さ れています。 |
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9■高瀬川一之船入(たかせがわいちのふないり)(国指定史跡) 所在地:京都市中京区木屋町通二条下ル西側一之船入町 高瀬川は,慶長16年(1611) 角倉了似が開いた運河で,ここを運行 する高瀬舟の荷物のあげおろしをする 船溜所を船入といいます。底が平たく, 船首の高い高瀬舟が盛時には百数十艘 も行き交い,大阪などから物資が運び 入れられました。 |
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10■今出川通寺町東入表町(大原口)道標 (どうひょう) (京都市登録史跡) 所在地:京都市上京区今出川通寺町東入表町 11北白川西町道標 (京都市登録史跡) 所在地:京都市左京区北白川西町 12吉田本町道標 (京都市登録史跡) 所在地:京都市左京区吉田本町 13三条通白川橋東入五軒町 (三条白川橋)道標 (京都市登録史跡) 所在地:京都市東山区三条通白川橋東入五軒町 14御陵中内町(五条別れ)道標 (京都市登録史跡) 所在地:京都市山科区御陵中内町 |
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| 名 称 | 区 分 | 所在地 | 史跡の概要 | |
| 15 伊藤仁斎宅(いと うじんさいたく) (古義堂こぎど う) 跡並びに書庫 |
国指定 史跡 |
京都市上京区 東堀川通出水 下る四丁目 |
江戸時代前期の儒学者伊藤仁 斎の旧宅跡で当時の書庫が残 る。 |
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| 16 頼山陽書斎(らい さんようしょさ い)山紫水明処 (さんしすいめい どころ) |
国指定 史跡 |
京都市上京区 東三本木通 丸太町上る 南町 |
江戸時代後期の儒学者頼山陽 の旧宅跡の書斎・山紫水明処 が残る。 |
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| 17 石川丈山(いしか わじょうざん) 墓 |
国指定 史跡 |
京都市左京区 一乗寺松原町 |
江戸時代前期の文人石川丈山 の銘文が残る墓碑。 |
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| 18 詩仙堂 (しせんどう) |
国指定 史跡 |
京都市左京区 一乗寺門口町 ・一乗寺小谷 町・一乗寺松 原町 |
江戸時代前期の文人石川丈山 の隠棲地。 |
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| 19 聖護院(しょうご いん)旧仮皇居 |
国指定 史跡 |
京都市左京区 聖護院中町 |
修験宗の本山で江戸時代末期 御所の火災により仮御所とな る。 |
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| 20 旧二条離宮 (二条城) |
国指定 史跡 |
京都市中京区 二条通堀川西 入二条城町 |
徳川家康の築城による近世城 郭を代表する遺構。 |
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| 21 岩倉具視幽棲 (い わくらともみゆ うせい) 旧宅 |
国指定 史跡 |
京都市左京区 岩倉上蔵町 |
岩倉具視が明治維新以前の一 時期隠棲した旧宅跡。 |
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| 22 方広寺(ほうこう じ) 石塁および石 塔 |
国指定 史跡 |
京都市東山区 茶屋町 |
豊臣秀吉が建立した寺院で巨 大な石塁と2基の石塔が残る 。 |
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| 23 荷田春満(かだの あずままろ)旧宅 |
国指定 史跡 |
京都市伏見区 深草藪之内町 |
江戸時代中期の国学者荷田春 満の旧宅跡で,伏見稲荷大社 の境内の一画にある。 |
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| 24 伏見城石垣 |
京都市 登録史跡 |
京都市伏見区 桃山町伊庭 (桃山東小学 校) |
発掘調査により発見された豊 臣秀吉が築いた伏見城の石垣 の一部で,近くの小学校に移 築復原された。 |
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| 25 大宅一里塚(おお やけいちりつか) |
京都市 登録史跡 |
京都市山科区 大宅甲ノ辻町 |
江戸時代に街道の一里 (3.75km)ごとに目印として築 かれた塚で、京都市内現存唯 一のもの。 |
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