ここに取り上げています近代建築は,京都市域で国及び京都府、京都市の指定並びに登録を受けている文化財を紹介しています。

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大丸ヴィラ(京都市登録文化財)
所在地:京都市上京区烏丸通丸太町上る春日町

元大丸百貨店社主の旧宅で,W.M.ヴォ−リス建築事務所の設計により昭和7年に建築。16世紀のイギリスで用いられていたチュ−ダ−様式でまとめられた建築で,家具も建物と計画に設計されたもので,昭和初期の京都を代表する洋風住宅の一つです。非公開。

旧京都中央電話局(京都市登録有形文化財)
所在地:京都市中京区姉小路通東洞院西入車屋町

逓信省技師の吉田鉄郎の設計。大正15年,昭和6年の2期に分けて建築されました。当初は中庭を持つロの字型の平面でした。同じく吉田設計の旧京都中央電話局上分局に比べて,外観意匠はモダニズムに近づいており,吉田の作風の変遷を追うことができます。現在は「新風館」として活用されています。

毎日新聞社京都支局(旧京都大毎会館) (京都市登録文化財)
所在地:京都市中京区三条通御幸町海老屋町,
    同区三条通御幸町東入弁慶石町

武田五一の設計により昭和3年に建築。鉄筋コンクリ−ト造3階建で,毎日新聞の社章に由来するバルコニ−の形状や玄関左右のランプカバ−の意匠に特徴があります。
4 駒井家住宅(京都市指定有形文化財)
所在地:京都市左京区北白川伊織町

京都帝国大学理学部の駒井卓教授の住宅として,昭和2年に建築されました。設計はヴォーリズ建築事務所,施工は田林工務店。外観はスパニッシュ様式で,内部も中規模な洋風住宅の中に和室も配されています。ひと続きになる居間と食堂,合理的な台所などにヴォーリズの設計思想が現れています。
5 栗原家住宅[旧鶴巻邸]

染織学者で京都高等工芸学校(現京都工芸繊維大学)学長を務めた鶴巻鶴一の住宅として,昭和4年に建てられました。設計は同校教授でもあった本野精吾で,「鎮式ブロック」(中村鎮が考案)と呼ばれるコンクリートブロックによる構造です。ブロックが露出する外壁,半円形のコンクリート打ち放しのポーチなど,モダニズム建築の先駆的な建築です。
6 河井ェ次郎記念館[旧河井ェ次郎邸]主屋,陶房,小間(国登録有形文化財)
所在地:京都市東山区馬町通大和大路東入鐘鋳町他

柳宗悦らとともに民芸運動を推進した陶芸家・河井ェ次郎の住宅兼工房として,昭和12年に建てられました。設計は河井自らが行い,大工業を営む実家から兄・善左衛門を呼び施工しました。京都,郷里の安来,飛騨や信州,朝鮮の民家の意匠が取り混ぜられ,河井独特のデザインを造り出しています。囲炉裏のある広間が河井風の特徴です。
7 大雲院書院[旧大倉家京都別邸](国登録有形文化財)
所在地:京都市東山区大和大路東入祗園町南側

大倉財閥の創始者・大倉喜八郎の京都別邸として,昭和2年に建てられた洗練された近代和風建築です。設計は祗園閣と同様に伊東忠太が,施工は京都の大工・北村伝兵衛親子(8代,9代)が行いました。八角形屋根の応接室などに伊東風のデザインが見られます。
8 祗園閣(国登録有形文化財)
所在地:京都市東山区大和大路東入祗園町南側

大倉家京都別邸内に建つ,祇園祭の山鉾を象った意匠の望楼的施設で,主屋(現大雲院書院)からの景観要素としての意味もありました。同じく伊東忠太の設計による,昭和2年の建築です。下層部分を鉄筋コンクリート造,中層以上を鉄骨鉄筋コンクリート造としています。
9 藤井斉成会有鄰館第二館,収蔵庫(国登録有形文化財)
所在地:京都市左京区岡崎円勝寺町

昭和3年の御大典に際して,金沢市の横山鉱業部の社屋建物を移築したもので,元首相の犬養毅や大蔵大臣が宿泊しました。元々の建物は大正初期の建築と考えられ,当時流行したセセッションを基調に,アール・ヌーヴォーやアール・デコ,日本趣味の意匠が混じっています。
収蔵庫は,取り壊し部材を再利用して同年に建てられたもので,第二館と同様のタイルを使用した外観です。収蔵庫にも関らず,2階には床の間,違い棚が設けられています。
10 近鉄澱川橋梁(国登録有形文化財)
所在地:京都市伏見区弾正島〜向島西堤町

旧奈良電鉄(現近鉄京都線)によって昭和3年に宇治川に架けられた鉄製の単純トラス橋です。陸軍演習に支障がないように橋脚を設けない設計となり,同形式では日本最大の径間を誇っています。関場茂樹の設計で,神戸川崎造船所で製作されました。
11 南座(国登録有形文化財)
所在地:京都市東山区四条通大和大路西入中之町(四条大橋東詰)

南座は公許の芝居小屋として江戸時代の初めより続いてきました。現在の建物は,白波瀬直次郎の設計,白波瀬工務店の施工により昭和4年に建てられたものです。外観に大型の千鳥破風,唐破風を用いた桃山風意匠が特徴です。設備の近代化のため平成3年に改修されましたが,外観をはじめ当初の雰囲気を良く残しています。
12 日本聖公会京都聖三一教会(国登録有形文化財)
所在地:京都市聚楽廻中町

昭和5年に建てられた木造の教会建築で,信徒の画家・園部秀治がデザインし,米人宣教師建築・バーガミニーが実施設計を行いました。階下を幼稚園,階上を礼拝堂としています。筬欄間をはめたり,トラス材に寺院建築に用いる絵様を施すなど,和様折衷の意匠になっています。
13 京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター(国登録有形文化財)
所在地:京都市左京区北白川東小倉町
外務省の外郭団体である東方文化学院京都研究所として,昭和5年に建築されました。設計は武田五一に委嘱されましたが,教え子の当時大学院生・東畑謙三が設計実務にあたりました。白い外壁,スペイン瓦葺きで,パティオ(中庭)を設けたスパニッシュ・ミッションと呼ばれる様式の建築です。
14 京都大学農学部演習林事務室(国登録有形文化財)
所在地:京都市左京区北白川追分町

当時京大営繕課の大倉三郎による設計で,昭和6年に建てられました。スパニッシュ瓦屋根でベランダを巡らしたバンガロー形式の建築ですが,黒い木部と白い壁によるモダンな配色構成をとっています。北部構内の農村的景観を構成する重要な建物です。
15 同志社女子大学栄光館(国登録有形文化財)
所在地:京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町

武田五一の設計による昭和7年の建築です。鉄筋コンクリート造ですが,ジェームズ館等に配慮し,煉瓦タイルを貼った外観にしています。八角形の塔屋を設けるなど,和風意匠を織り交ぜたデザインです。1階はパイプオルガンを備えた講堂になっています。
16 旧徳力彦之助邸[ギャラリー工房・チェリ](国登録有形文化財)
所在地:京都市右京区太秦組石町

漆芸家・徳力彦之助が,英国客船の内装部材を購入し,それに合わせて自ら設計した住宅兼アトリエです。櫻井馬渕建築事務所が実施設計を行い,昭和12年に建築されました。内部には随所に客船の内装材や調度品が用いられています。英国の田舎をイメージして,チューダーゴシック様式の外観にしたとされています。
17 関西日仏学館
所在地:京都市左京区吉田泉殿町(国登録有形文化財)

20世紀を代表する仏人建築家オーギュスト・ペレの弟子とされるレイモン・メストラレの設計,木子七郎の実施設計によって,昭和11年に建てられました。ペレに従い,鉄筋コンクリートの造形を追求していますが,古典的な秩序を残したデザインです。内部を現代風にリノベーションし,建築以来,仏語教育機関の施設として使われています。
18 弥栄会館,祗園甲部歌舞連場正門(国登録有形文化財)
所在地:京都市東山区祇園町南側

弥栄会館は祗園甲部歌舞連場の施設の一つで,コンサート等の新たな大衆娯楽に対応して昭和11年に建てられたホール・事務所建築です。大林組の木村得三郎の設計で,風致に配慮し,銅板瓦の屋根を幾重にも載せた和風の意匠としています。正門は弥栄会館と同年に建てられ,同様の意匠でまとめられています。旧来の間口の狭い門と異なり,増加しつつあった自動車の乗り入れを配慮したつくりになっています。
19 陽明文庫第一文庫,第二文庫,事務所,虎山荘(国登録有形文化財)
所在地:京都市右京区鳴滝宇多野谷他

陽明文庫は近衛家旧蔵の史料,美術品を伝える施設です。収蔵庫である第一文庫,第二文庫は,それぞれ昭和13年,15年建築で,土蔵風の意匠を鉄筋コンクリート造でつくっています。同14年建築の事務所は和風とも洋風ともつかない独特で簡素な意匠です。虎山荘は近衛文麿の別荘として,同19年に建てられた数奇屋造りの住宅。伝統的な構法の中にモダンな試みが見られます。設計はいずれも建築家・長谷部鋭吉で,和風をモダンに咀嚼した彼独特の作風が現れています。虎山荘は大工棟梁・俣野忠蔵の施工によります。
20 フランソア喫茶室(国登録有形文化財)
所在地 :下京区西木屋町通四条下る船頭町
建築年代:昭和16年(1941)

京都の知識人のサロンとして長年親しまれてきた老舗喫茶店。木造2階建ての伝統的な町家を,昭和16年に洋風に改造した建物。文化財に登録されているのは,この時改修された北半分の部分です。設計は,当時京都大学に留学していたイタリア人のベンチベニ。内部は古典主義系の装飾でまとめられ,1階天井にはドームが設けられています。

外観


1F内部
21 大河内山荘大乗閣,滴水庵,持仏堂,中門(国登録有形文化財)
所在地 :右京区嵯峨小倉山田淵町
建築年代:大乗閣,中門=昭和16年(1941)
滴水庵=明治期(昭和7年移築)
持仏堂=昭和6年(1931)

映画俳優・大河内伝次郎が自らの好みで建てた邸宅です。大工棟梁は数寄屋大工の笛吹嘉一郎。邸宅造りを始めて,最初に造られたのが持仏堂で,正面1間,側面2間,入母屋造りの堂。二尊院の九条家の位牌堂を写したもので,昭和6年の建築です。昭和7年に滴水庵に移築されました。2室の広間の茶室と土間のある水屋は,丸太や竹を多用した軽快な数寄屋風の造りで,苑内の景観形成に欠かせない建物となっています。主屋である大乗閣は昭和16年竣工で,寝殿造,書院造,数寄屋造,民家など,日本の各種の建築様式を一つに集めた意匠となっています。中門はヴォールト状の桧皮葺屋根を載せています。

大乗閣 外観


滴水庵


持仏堂 外観
22 旧藤ノ森湯 (国登録有形文化財)

所在地 :北区紫野東藤ノ森町11-1
建築年代:昭和5年(1930)

脱衣場棟,浴場・釜場棟,付属棟とからなります。昭和5年(1930)の上棟。施工は山本辰吉(大工),仙石要次郎(手伝),吉田英輔(煉瓦)で,設計は京都工務所。正面外観には唐破風を設け,腰壁部分に色タイルを貼っています。浴室内部は,男女浴室境の仕切壁と四周の壁面に同様の色タイル貼りとしています。平成11年に銭湯は廃業し,現在,店舗として活用されています。


旧藤ノ森湯 外観


旧藤ノ森湯 内部

23 同志社アーモスト館 (国登録有形文化財)

所在地 :上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町
建築年代:昭和7年(1932)

新島襄の母校,アメリカのアーモスト大学からの派遣学生・S.B.ニコルスの母親が夭折した息子を記念して寄付を申し入れたことが館名の由来です。ヴォーリズ建築事務所の設計により,学生寮として,昭和7年に建築されました。マンサード屋根を戴いた鉄筋コンクリート2階建てですが,壁体は煉瓦を積んで造っています。外観は,ニューイングランド・ジョージアンスタイルと呼ばれる様式です。玄関横の社交室のインテリアには女性的な華やかさを有するアダム・スタイルを用いています。

アーモスト館 外観


アーモスト館 内部
24レストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館)(国登録有形文化財)

所在地 :左京区浄土寺石橋町
建築年代:昭和4年頃(1929)

日本画家の橋本関雪が、昭和2年に2度目の欧州旅行を行った際に買い求めたコレクションの展示用として,昭和4年頃に建てた建物です。鉄筋コンクリート造の2階建てで,全体をスパニッシュ様式で造り,部分的に和風を加味した意匠となっています。現在は,レストランとして活用されています。
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革島医院 (国登録有形文化財)

所在地 :中京区麩屋町通六角下る坂井町
建築年代:昭和10年(1935)

あめりか屋京都店の設計,施工により、昭和10年に建築されました。木造3階建でフランス瓦を用いています。開業医の住宅と医院を接続したロの字型平面で,医院部分には診療室,手術室,入院患者用病室が設けられています。住宅部分には円形の塔が建ち上がり,応接室はアールの付いた部屋となっています。

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