古都めぐり 雙ヶ岡
風にそよぐ赤松や桜の枝、うぐいすの声
兼好法師ゆかりのなだらかな丘

名勝 雙ヶ岡の全景と一の丘頂上右室
 北から順に,一の丘,二の丘,三の丘,三つの丘が行儀よく並ぶ雙ヶ岡は古墳時代後期より貴人や文人たちに愛されてきた。この丘は高度経済成長期も地域の人々や京都市の保存活動によって乱開発をまぬがれ広場や遊歩道の整備,植生の手入れや植林などの活動が続けられている。洛西の町並からぽっかりと浮き出た雙ヶ岡。赤松を中心に檜や杉,楓などの樹木が丘を覆い,つつじや椿が傍らに咲く遊歩道もあれば,かけすや,目白のさえずりは散歩する人々をなごませ,どんぐりの実は子供たちの秋の遊び道具となる。雙ヶ岡と人々の関わりは古く古墳時代後期を中心に,丘の上に約23基の古墳が造られた。その多くは直径10〜20mの円墳だが,一の丘頂上には巨石を用いた直径44mの円墳が残る。この古墳は一号墳と呼ばれ横穴式石室の中からは金環や須恵器などが出土した。そのため,位の高い人の墳墓であったと思われる。都が京に移されてからはこの丘は天皇の遊狩地や別荘地とされた。
  平安時代前期に右大臣清原夏野もこの付近に別荘を営み双岡大臣などと呼ばれた。また,雙ヶ岡は吉田兼好ゆかりの地でもある。兼好は二の丘西に簡素な庵を結び,そこで随筆「徒然草」を著したという。せわしなく生きることを嫌い奥ゆかしく粋な暮らしを望んだ兼好は都に近からず遠からずこの場所で晩年を過ごし世の中の有り様を見つめたのだ。兼好は,この地に骨を埋めるつもりで墓所を設け,傍らに桜を植えさせた。4月下旬兼好が好んだ桜が満開になり丘を華やかに彩る。

月1回の清掃と365日の見回り活動
 
名勝 雙ヶ岡保存会は,昭和62年10月1日に発足。近くて世帯数の多い御室自治連合会を母体に活動しています。お盆の8月を除いて毎月1回山麓10町内から各3〜4名, 役員7名の 約45名にて散策周辺を清掃しています。保存会の監視員4名で公園,周辺道路,丘の各階段等の清掃作業,樹木の状態,危険な場所はないか,野放しの犬はいないか交替で森の巡回もしています。雙ヶ岡の歴史を次の世代に伝えることも大切だと思っております。



◇御室小学校1年生「ごみ0の日」 5月30日
1年生 58名,先生,民生児童委員,保存会の計73名にて雙ヶ岡の清掃に協力して頂きました。(写真1)
◇日本ボーイスカウト平安地区の活動
第58団,76団。保護者同伴にて日曜日に雙ヶ岡で宝さがしゲーム,清掃に協力もする。(写真2)
◇京都府オリエンテーリング協会の活動
京都市オリエンテーリングクラブ 代表 久保喜正(写真3)
◇京都市内の幼稚園児
通園バスにて雙ヶ丘で楽しく遊んで帰ります。(写真4)