はじめに
生活に息づく庭の姿

 これまで,庭の研究者は,数多くの庭の素性やその歴史を明らかにしてきました。庭は,歴史上,文献に明記されている事例が少なく,またそれぞれの時代の所有者によって造り替えられていることが少なくないため,その沿革や素性を知るのは,きわめて難しいという側面があります。そのような状況下,数少ない文献の事例を調べ,近年では積極的に埋蔵文化財調査等に参画するなど,庭の研究者の功績は,たたえられるに十分なものがあります。
 しかし残念なことにこうした研究の成果は,一般にはそれほど知られていないのが現状です。従来,庭が紹介される場合には,庭の通史を辿る,著名な施主や作庭者を紹介する,様式や決まり事を教える『都林泉名勝図会』などの古文献に明記されている有名な庭を取り上げる,といったものが過半数を占めます。もちろん,これらの事項は庭を知る上でとても重要ですが,身近に庭を知るにおいては,実生活と少し距離が離れ過ぎているように思えます。また,一部の例を除いて,庭は,単体で紹介されることが多く,庭同士の関わり合い及び人々の交流については,それほど触れられておらず,着目されることの多くに先入観がつきまとい,ありのままの庭の姿が,覆いにかけられていたような感があります。
 本文は,以上の点を踏まえながら,これまでの庭の研究成果をもとに,様々な角度から「京都の庭」の素顔を紹介しようとするものです。庭を紹介する切り口としては大きく,「庭と水系」,「庭と生業なりわい」,「庭と生活様式」,「職人の技」という4つの項目をあげました。
 「庭と水系」では,庭に出入りする水に着目し,水は庭にどのようなかたちで,導入・排出されているのか,また庭から出た水は,その後どこへ通じ,最終的にどこへ辿り着くのかを「琵琶湖疏水」と「明神川」,そして「泉川」という3水系を通じて紹介します。
 「庭と生業」では,家業・職業と同調して育まれてきた庭に着目し,それぞれの生業から派生する庭の個性や特性を紹介します。今回取り上げ生業は,「茶事」,「商い」,「旅館・ホテル」,「芸術・歌舞」です。また,これに加えて竣工時とは異なった「現代的利用」がなされている例も併せて紹介します。
 「庭と生活様式」では,京都において1200年もの時を経て形成されてきた「宮家」,「寺社」,「町衆」といった,生活態様の異なる人々が育んだ庭に着目し,それぞれの生活のあり方に即した庭の個性や特性を紹介します。また,ここでは生活環境の変化によって変容する庭の状況についても紹介します。
 「職人の技」では,木々の健康管理や庭の風趣の維持管理を行っている職人に着目し,彼らがどのように庭をとらえ,創意工夫をしているかを,彼らが用いる言葉や道具等を通じて紹介します。

庭の空間構成のトリック

 本題に入る前に,これを知っておけば,庭を訪れる上で楽しみが広がるという見方を紹介することにします。
 皆さんは,庭を歩いている時,視界が急に狭まったり広がったり,遠くに見えていた建物が,行程の途中に何度か登場し,ようやく間近に見ることができたとか,それほど歩いてもいないのにずいぶん遠くまで来たような気がするとか,何度も分かれ道に出会って困ったなど,そんな体験をしたことはないでしょうか。
 手入れの行き届いた庭では,建物や橋などの構成要素を,場所を変えて何度も見せる,園路の広がり狭まりに応じて樹木の陰影の強弱を付ける,築山の表と裏で世界観を変えるなど,実際の敷地面積以上に空間を広く見せる工夫がなされています。また,園路の曲がり角や,次の場面に展開する直前に見せ場を設定することによって,訪れる人の意識や記憶を一旦そらすといった心理工作ともいえることを行っています。分かれ道を幾つも配することも同様で,訪れる人の想像を膨らませて,さらに迷うのではないか,庭の全てを歩いていないのではないかという不安感を誘います。こうして庭の世界はさらに深みや厚さを持ち,訪れる人に日常の生活とは違った体験をもたらされているのです。
 以上の工夫は全て意図的になされています。庭造りや庭の手入れは素晴らしいものになればなるほど訪れるものの五感を惑わせ,錯覚を起こさせます。ただし,こうした工夫,トリック(仕掛け)には通常あまり気付くことは少ないでしょう。なぜなら,トリックは手品同様巧妙に隠されているからです。例えば,園路の狭まりに応じてゆっくりと周辺を暗くしていく場合は,徐々に木々の枝葉の数を増減するなどのことが行われますが,これも微妙に仕立てられていれば,私たちはその造作に気付くことはないでしょう。このように,庭造りにおいて巧妙なトリックを幾つも仕掛ける,トリックがより際立つように絶妙な手入れを行う,そのようなことも職人の腕の見せ所なのかもしれません。以上の見方は,本来的な庭の体験を逸脱しているかもしれませんが,一度,こうしたトリックを意識しながら庭を歩いてみてはいかがでしょうか。

本稿は,文化財企画展「京都の庭」(平成15年1月開催,於:京都芸術センター)における展示解説文を転用・修正し,掲載したものである。