賀茂別雷神社(通称、上賀茂神社)の始まりは、神代にさかのぼる京都洛北の秀峰・神山に降臨した賀茂別雷神を祀る賀茂別雷神社は、天武天皇の御代の白鳳6(678)年には、現在の御社殿の基となる賀茂神宮が造営されました。その御代より十代のちの第50代桓武天皇によって平安京に都が遷されると、皇城鎮護の神として歴代天皇の行幸・奉幣祈願が行われ、皇族、貴族、武家はもとより庶民の信仰も篤く、現在も多くの人々の崇敬を集めています。

境内は、神山や近隣の山林を含む23万坪もの広さがあり、その全域が「古都・京都の文化財」の一つとして平成6(1994)年、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。

また境内の社殿(建造物)のうち、本殿と権殿が文久3(1863)年の造替で国宝に指定されており、他の社殿は寛永5(1628)年に造替され、そのうち41棟の社殿が重要文化財の指定を受けています。

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神が降臨した神山をかたどった立砂と細殿

私が理事長を務めております公益財団法人京都古文化保存協会では、文化財所有者・管理者が維持管理する庭園等の景観保持・環境整備保全のための害虫駆除や、建造物・美術工芸品の保全のための薬剤配布を行っています。庭園や山林は、春は桜、秋は紅葉で我々の目を楽しませ心を癒してくれる、日本人にはなくてはならない季節感と情緒を育む大切な存在です。そして自然には動植物も共存しており、当然、樹木を食害する虫もいるでしょう。それらの害をすべて防ぐことはできませんが、庭園や山林を壊滅状態にすることは避けなければなりません。そのために取り組んでいる事業が「景観保持・環境整備保全事業」ならびに「文化財の保全事業」です。仏像や宝物のみならず社殿等の建造物も文化財に入ります。

具体的には、次のようなことを実施しています。

当事業は、薬剤の変更や大型機械の導入などの充実を図りながら、昭和30(1955)年から継続している基幹事業の一つです。他にも文化財、庭園の被害などについてまとめた冊子「文化財保全管理の手引」を作成し、被害をくい止め文化財保全の一助になるよう当協会員へ配布しています。これら活動の一部は、京都市文化観光資源保護財団様からの補助金を活用して実施されています。

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樹木に害虫駆除の薬剤を散布する
写真提供/公益財団法人京都古文化保存協会

賀茂別雷神社に伝わる神話には、天に昇られた賀茂別雷大神を母である賀茂玉依比売命が恋い慕い悲しんでいたところに大神が夢枕に立ち、

『吾に逢わむとには、天羽衣天羽裳を造り、火を炬き鉾をフげ之を待ち、
又走馬を錺り、奥山の賢木を取りて阿礼に立て、種種の綵色を悉し、  
又葵楓の蔓を造り、厳しく錺りて之を待てば吾将に来む』

と仰せになり、その通り神迎えの祭を行ったところ神山の頂にある磐座へ御降臨になったのが、賀茂社の原点といいます。この神話にある葵とは神紋にも標される二葉葵のことで、葵祭の語源にも関係しています。

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二葉葵は境内でも育てている

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葵祭では斎王代や勅使も二葉葵を飾る

毎年5月15日に行われる葵祭は賀茂別雷神社と賀茂御祖神社の祭儀で、正式には賀茂祭と称されます。御所から天皇の勅使が賀茂御祖神社を経て賀茂別雷神社へ至る行列を路頭の儀、両社にて勅使が御祭文を奏上し御幣物を奉納する儀式を社頭の儀といい、平安時代さながらの雅さで「王朝絵巻のよう」と形容され、源氏物語にも「まつり」と書かれ当時は「まつり」といえば賀茂祭をさしていたようです。葵祭の呼称は江戸時代から始まり、勅使をはじめすべての従事者、社殿の御簾や牛車などにも二葉葵を飾ることに由来します。

この二葉葵は平安時代以前から日本に自生する植物で、当社の森のいたるところでその姿を見ることができたそうですが、昨今の環境汚染や外来植物により絶滅を危惧するまでになってしまいました。そこで葵の保護と育成を行い、賀茂別雷神社に「葵の森」さらには賀茂別雷神社から神山にかけての「古の森」の再生を目指す『葵プロジェクト』が立ち上げられました。小学校などの教育機関、企業や団体、個人の皆様に葵の苗を育てていただきその一部を再び上賀茂神社へ戻していただいた後、葵の森へと植栽し葵祭にて使用します。二葉葵は自然の力だけでは繁殖しにくく人の手が加わって根付く植物で、「自然と人との共生のシンボル」と言われています。「古の森」再生とは、上賀茂神社の神域・境内である神山までの森林に、希少和花や日本古来の昆虫などを呼び戻して森を復活させようとする取り組みです。

また「上賀茂 森と緑の保存会」を中心に活動する境内林育成事業では、一般の方々や法人に向けて会員を募り、放置状態にあった上賀茂神社の広大な境内の山林樹木を計画的に伐採、植樹などを行っています。特に京都市中から見て最初の“北山”となる、境内の一部である神宮寺山(約3ヘクタール)の整備を進めています。

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大量の檜皮を使う屋根の修理

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檜皮は生きた立木から採取する


そして賀茂別雷神社独自の取り組みとして、『桧木里親制度』を平成21年度より始めています。樹木の植樹は、地球温暖化対策や環境改善に役立つ具体的な解決策の一つとして貢献できることと考えています。さらに当社には平安時代以前から、21年ごとにすべての建物を建て替える式年遷宮の制度があります。近年は国宝に指定されている本殿、権殿をはじめ、多くの社などの建造物が重要文化財に指定されていることもあり、建て替えではなく大規模な修理によって遷宮を行っております。これらの境内60数棟に及ぶ国宝・重要文化財等建造物の檜皮葺屋根に使用する檜皮は、膨大な量になります。例えば檜皮葺屋根1平方メートルを葺くのに必要な檜皮材は約60キログラム、ヒノキ立木1本から採取出来る平均檜皮材は約6キログラムとして……一棟葺き替えるだけで何本のヒノキが必要になるでしょうか。そして檜皮は樹齢80年以上たってようやく採取できるという大変な年月を要する事業ではありますが、これは文化財保護の観点からも景観問題の観点からも、さらには地球規模の環境問題からも重要な取り組みと信じております。さまざまな事情もあり檜皮を入手することが難しい昨今において檜皮を確保することも目的として、将来的に皆様からご献木いただいたヒノキの皮で建造物屋根の葺き替えを行う活動に取り組んでいます。

いずれの活動も、100年、200年それ以上に長い時を見越しており、葵やヒノキなどの植物、生き物を含めた森、水も豊かな自然を育て、後の世に日本の文化と古来の景観が伝わることを願っています。

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桧木里親制度で山に植栽している様子

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賀茂別雷神社境内環境
社殿と樹木が一体となった景観によって文化財の環境が守られ、地域の風土も保全される
撮影/株式会社スカイコンテンツ