はじめに

浄土真宗本願寺派本願寺(西本願寺)には、御影堂及び阿弥陀堂を中心に対面所等多くの歴史的建造物があり、また境内の主要部分は史跡に指定されています。

本願寺境内の南東角には名勝滴翠園があり、園内に国宝の飛雲閣があることで有名です。その名勝滴翠園の西北部に位置しているのが、今回ご紹介する旧仏飯所(ぶっぱんじょ)です。

旧仏飯所は、かつて御影堂及び阿弥陀堂へお供えする御仏飯を炊事していた建物でしたが、現在は炊事機能が西側の建物に移っています。本願寺境内の歴史と由緒を特徴づけるものといえます。この建物は平成19年2月から同20年11月末にかけて保存修理工事が行われ、その工事に伴う調査によって、他に例のない大変珍しい屋根の技法が明らかとなりました。

建物の概要

旧仏飯所の建築年代は、寺伝によると「貞享2年(1685)11月21日創建。宝暦年中(1751〜)再修」とありますが、現在の建物はおそらく宝暦年間(江戸時代中期)のものと思われます。

建物は、桁行4間、梁間3間、屋根は寄棟造の本瓦葺で、花崗岩切石積みの基壇上に建っています。内部の西半は板間とし、南東に嵐i、北面に押入を設け、南面西寄りに渡り廊下が接続しています。東半は台所土間とし、南東隅に井戸、東面中央に流し、西面の板間境には上り段を設け、かまど2基を備えています。

渡り廊下は2階建てで現在は途中で切断されていますが、かつては西側にある書院と接続されていました。

旧仏飯所外観(北西面)
写真左:旧仏飯所外観(北西面)/右上:台所/右下:板間

屋根の形状

旧仏飯所の屋根は、寄棟造の本瓦葺で、屋根の流れは上方で凸形に膨らみ、軒先では凹形に反っている、いわゆる照り起り屋根(てりむくりやね)(図1)となっています。この優美な形状も比較的珍しい技法ですが、さらにこの建物では隅棟に横方向への曲がりがあることが判明しました。

旧仏飯所 屋根断面図(照り起り)
図 1:旧仏飯所 屋根断面図(照り起り)

修理前の調査では、隅棟が横方向に曲がっているのを見て、建物の歪みによる破損と思われました。しかし、解体が進み小屋組の実測など各部の調査を行なった結果、当初から計画された曲がりであることが判明しました(図2)。

旧仏飯所 「推山」模式図
図 2:旧仏飯所 「推山」模式図
真隅の直線から徐々に曲線を描いて妻の方に振らせ、棟木の位置では約60cm推し出している。

従来、寄棟造の野屋根は建物をより大きく見せる意図からでしょうか、大棟の長さを真隅より長くして隅を振らせる形式が一般的であります。また、隅の振れを軒先の隅部では真隅とし、やや登った辺りから折り曲げ振隅として直線で大棟まで引き通す「くの字振れ」に造った隅棟の例があります。しかし、この旧仏飯所のように隅棟が曲って造られた事例は聞いたことがありません。そのような事例があるのかと、いろいろ資料を探したところ、中国にその例があることがわかりました。

中国の古建築では、”隅棟の通りを棟際で曲線状に妻の方へ押し出す“という「推山(すいざん)」の技法があると紹介されています。

「推山」の技法

この「推山」の屋根造り技法については『建築大辞典』に、

中国建築の屋根の納め方で、寄棟造りの屋根で隅木を妻側に一定の率で振って納める仕方。中国では、隅木を日本の場合のように直線にはせずに、隅棟の途中までは真隅とし、次第に妻側に振らせながら棟木先端に到達させる。軒反りを強調するために採られた手法であろう。

とあります。また、竹島卓一著『中国の建築』では、紫禁城の太和殿の解説のなかで、

大棟の両端には日本でいう鯱(しゃち)に似た飾りをのせる。これを正吻という。(中略)正吻の位置は寄棟造の屋根の正常の位置より一定の率で左右によせられる。したがって大棟が通常の長さより長くなるわけである。これを推山(妻の方におしだす意)という。(中略)日本の振れ隅(唐招提寺金堂の隅棟が有名)とちがって、軒の隅に向けて一直線には降らず、はじめ正面の方に強く傾いて降りはじめ、しだいに真隅になるように曲線を描かせる。間口の広い建築の場合、そういう手法をとる方が、屋根の形がよくなると考えたもののようである。

と説明されています。中国の建築は、特徴として隅軒・隅棟に強い反り上げがあり、その反りを強調するように、隅棟の大棟際にもそれに対応する強い反りを造る手段として、隅棟を妻の方に押し出すという巧妙な「推山」の技法が採られ、隅棟に見事な反りを造っています。

この旧仏飯所では、中国建築のような強い反り上げはないので反りを強調するという意味ではありません。屋根の南面に煙出しの小屋根があるので、それを納めるために棟を長くしたのかとも考えましたが、調査によって煙出しは当初にはなく、後世に付け加えられたものであることが判明しましたので「推山」の理由にはなりません。

では、なぜこのような技法を用いたのでしょうか。考えられるのは、大棟を長くして意匠を整え、照り起りとあわせてなめらかな曲線になるように工夫されたものと推測されます。

組上げられる新旧の木材(写真:左)と葺替えの様子(写真:右)
本瓦葺屋根

おわりに

この「照り起り」と「推山」の技法を複合させた形は、他に例がなく非常に珍しいものであります。当時の大工の技術と工夫により、用と美を兼ね備えた特徴的な屋根の形状となっています。

御影堂や阿弥陀堂などの巨大な建造物とは対照的に、規模は小さいですが優美な姿でひっそりと佇んでいます。