京都の六斎念仏が,国の重文(正しくは重要無形民俗文化財)指定を受けて20周年。この間,六斎連合会(正しくは京都六斎念仏保存団体連合会)も大きく変化を遂げました。重文指定時に活動していました空也念仏こおり保存会が,会員の減少と高齢化で指定後間もなく姿を消し,また昭和60年代になって実力会長が亡くなった西院六斎念仏保存会が,その活動を休止しました。その反面,昭和50年代に休止していた桂六斎念仏保存会と途中一旦中断した上鳥羽橋上鉦講中が,活動を再開しましたし,西院六斎がなくなってしまうのを惜しむ西院地区自治連合会が,平成10年に入って西院小学校の児童に呼び掛けて子ども六斎の復活を目指しています。
 六斎連合会の体質の変化は,平成元年に開催された第43回国民体育大会で,第何回目の国体からか開会式に開催地の代表的な郷土芸能を演じることになり,この京都国体でも,伝統芸能とスポーツの融合を図るため六斎連合会に打診があり,グランドいっぱいに8組の獅子と土蜘蛛が出場しました。これを契機に,各団体の若い演技者の間から,各団体の固有の技術として完成させたものは,他の団体に公開するというようなことは昔では考えられなかったことですが,現在ではそのことよりもむしろ後継者問題や,各保存会の維持・継承が共通の悩みであり,特に六斎の花形である獅子を演ずる後継者がいないという問題は,密閉の袋の中でアクロバチックな演技が要求される為に,若い内に腰を痛める人が多く,獅子演技者の寿命が短いといった問題があるため,獅子についてのノーハウの交換をすることになりました。獅子が袋もかぶらずに演技すると,各保存会が長い歴史の間に培ってきた技術が公開され,この交流により,各団体の獅子の技術が飛躍的に向上したといわれました。この獅子舞の技術の交流の他に,クモノスづくりの実演も非常に有意義な交流でした。
 六斎連合会の次の大きな仕事は,六斎連合会としての一般公開活動です。戦前は,8月17日の清水寺の星下り,8月24日の東寺お涼みに市内の六斎が競演し,演技を競い合っていたこともありましたが,その復活とは言えないまでも,六斎連合会の各保存会に呼び掛けて,盆期間中に清水寺の奥之院檜舞台で,いくつかの団体で奉納することになりましたし,11月第2日曜日の空也堂極楽院の空也開山忌にも,どこかの保存会に六斎の奉納をしていただくことになりました。また,昨年度から始まった京都・花灯路には,まだ寒い期間ですが,六斎連合会から複数の保存会が出場して,観客の人気を得ています。


 私たち六斎に限らず,全国の郷土芸能の共通の悩みは後継者養成の問題です。六斎念仏では,10年やってまだ半人前,20年やってやっと少し恰好がついてくるといわれるほどの奥の深いものです。進学問題や就職,あるいは就職後でもこれだけ変化の激しい時代に,こんな状態で郷土芸能なんかやっていられないといった意識からか,後継者不足のために活動が鈍化している保存会も多く,メインステージ以外は,依頼公演は一切受けられないという保存会も多くなっています。
 昨年から文化庁が立ち上げた「伝統文化こども教室」は,郷土芸能や伝統芸能の後継者不足の解消の一環を担ったもので,私たち六斎連合会としても早速「こども六斎教室実行委員会」をつくり,それまで各保存会が独自につくって教えていたこども六斎会を,それぞれの地域の小学校の六斎クラブとして活動を開始しました。早速,京都市内に8つの六斎クラブが誕生し,四つ太鼓を中心に1年間練習に励みました。こども六斎教室実行委員会では,去る3月14日(日)に,下京区の大谷ホールで,第一部に8団体の「四つ太鼓」の競演として,138人の小・中学生が各団体とも工夫をこらした四つ太鼓に挑み,第二部では,4つの六斎クラブが,四つ太鼓以外の出し物で観客を楽しませてくれました。
 平成16年度の「伝統文化子ども教室」では,京都市内にさらに多くの小学校に六斎クラブができて,六斎念仏の将来の発展に寄与していただけることを期待したいと思います。


(京都六斎念仏保存団体連合会々長)