平成11〜13年度の三ヶ年の事業として、京都市では近代化遺産調査を行ってい ます。 近代化遺産とは、明治維新以来、欧米の技術や考え方を範として日本に産業革命が起 き現代へと繋がる近代化の過程の中で、様々な産業の発展に貢献があり、次世代に残 し伝えていくべき風格を備えた優れた歴史的構造物を指します。
 この近代化遺産には、これまであまり遺産として認識されることの少なかった、交通(道路、鉄道、水運)、防災(治水)、産業基盤(発電、鉱山、製塩)、農業土木 (灌漑、干拓)、環境衛生(上下水道、公園)、軍事、防衛に関連した多くの土木遺 産が含まれています。構造物単位で見てみると、橋・トンネル(道路、鉄道、水 運)、ダム(発電、砂防、水道、農業)、堤防(河川、海岸)、水門(樋門、閘 門)、建屋(発電、水道)、などが挙げられ、これに駅舎や工場なども加わる場合が あります。
 土木構造物は、規模が大きく、施設がネットワーク化されて広域に存在し、公共性の高いものが多いので、地球と深く結びつき、まさにその土地の風土を継承する文化財 としての価値が高いと考えられるようになってきました。

 京の近代化は、天皇の東行より意気消沈した人々の停滞を打破するため、槇村正直 (京都府大参事、後に第二代知事)、山本覚馬、明石博高らによって、「京都策」と 呼ばれた積極的な近代化政策が推進されたのです。欧米の新技術を導入した勧業諸施 設として、舎密局、炭酸泉場、麦酒醸造所、牧畜場、織殿、染殿、等が設置、勧業施策の一環として博覧会も重視されました。伝統産業の近代化では、西陣にジャガー ド(紋織機)をいち早く導入したことなども評価されます。こうして京都の人々の心 を鼓舞し、都市の誇りを取り戻すために近代化への道が示されたのです。
 産業界の近代化に応えるために、インフラストラクチャーの整備も進みました。近世以来の舟運、街道中心の都市間交通に、明治10年(1887)官設鉄道が挿入さ れ、明治23年4月には京の近代化の根幹を成した琵琶湖疏水が完成しました。琵琶湖疏水の建設目的には、製造機械(用の水車動力、後に水力発電となる)、運輸(舟 運)、灌漑、精米水車、防火、井泉、衛生の7つが挙げられており、まさに都市に住 まう人々の生活そのものを支える都市基盤となったのです。
 当初は芳しくなかった水力発電による売電事業も徐々に京都市の財政を潤すように なり、琵琶湖疏水事業を拡張させる動きが起き、市中の井泉の枯渇、水質の悪化など から上下水道への対策が要望され、同時に電気鉄道の整備も求められました。ここに 明治期京都の「三大事業」(第二琵琶湖疏水建設、道路拡築・電気軌道、上水道) が着工されたのでした。明治45年6月には「三大事業竣工祝賀式典」が行われ、日本全体でも日清・日露戦争後の特需景気により第二次工業化が大きく進みました。
 大正7年(1918)4月より京都府は、大阪府とともに「東京市区改正条例及び 附属命令」の準用を受け、翌年4月には都市計画法、市街地建築物法などが公布され ました。これにより市区改正委員会(後の都市計画京都地方委員会)が組織され、同 年12月には京都市の最初の都市計画事業として、道路、橋梁などの改良を含んだ 「京都市区改正街路」計画が認可されました。京都市中心部の幹線街路網は、明治の 三大事業の道路拡幅とこの市区改正街路によって骨格が形成されたと言えます。
 大正11年8月には都市計画区域が設定され、「公園都市タルノ特徴ヲ益々発揮」 するために、スプロールが懸念された郊外への景観的な配慮も示された京都の将来構 想が示されました。昭和3年(1928)11月「御大典」に沸く京都のインフラス トラクチャーは一新され、現代へと続く観光都市としての色合いを強めました。昭和 6年、京都市は伏見市をはじめとする1市26町村の大合併により市域は4.8倍に 拡大し、翌年には人口も百万人を超え、「大京都」として大きな都市的発展を見たのでした。

 以上のように京の近代化における土木構造物の建設年代は、@近世の技術の転用と 試作品の時代、A琵琶湖疏水を中心とした欧米技術の移入期、B明治の三大事業と都 市計画の展開期、C昭和初期の都市化「大京都」の時代、と大きく4つの時代に分類 することができます。土木構造物の整備には、初期には試作的に技術の適用性の検査など に用いられ、都市が大きく成長する際には均質のものが大量に整備されるという特徴 があります。
 土木遺産の中には今もなお現役で、私たちの生活を支えているものもあります。こ れらの保存・活用にはその価値の認識が重要であり、一つ間違えると大切な宝物を簡 単に失ってしまいますし、遊園地の遊具のように活用されかねません。都市の記憶が刻まれたこれらの土木遺産を、次世代に適切なストックとして伝えていくため に、皆様のご理解ご協力をお願いしたいと思います。

(京都大学大学院工学研究科助手・京都市近代化遺産調査委員会委員)