鞍馬竹伐り会(くらまたけきりえ)    京都市登録無形民俗文化財

月  日  6月20日
場  所  鞍馬寺(京都市左京区鞍馬)
保存団体  鞍馬山竹伐り会式保存会
 平安時代,峯延上人が鞍馬山で修行中,現れた大蛇を法力で退治したという故事にちなんで始められたと伝えられます。素絹(そけん)に玉襷(たまだすき),山刀をかつぎ,武者草鞋(わらじ),頭には五条袈裟を弁慶かぶりにした鞍馬法師姿で,丹波座と近江座に別れて大蛇にみたてた青竹を山刀で素早く断ち切り,その早さを競いあうことで豊凶を占うとされています。
 
祇園祭(ぎおんまつり)       重要無形民俗文化財
 今からおよそ1100年前の清和天皇の貞観11年(869)に,京洛に疫病が流行し,庶民の間に病人,死人が多数出た。これは,牛頭天王(ごずてんのう−素 鳴命ともいわれている)のたたりであるとし,神泉苑で,疫病退散の祈願を行ない,これを御霊会と称したのが,祇園祭の始まりであると伝えられています。       
 その後,祇園社(八坂神社)の興隆とともに,“祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)”と呼ばれ,疫病流行の時だけおこなわれてきましたが,円融天皇の天禄元年(970)からは,毎年定期的におこなわれるようになりました。
 その間,保元,平治の乱に一時絶え,室町時代に再興,足利将軍,夫人らが観覧したことが記録にのこっている。
 しかし,応仁,文明の乱で,京都は焼野原と化したため,祇園会も一時中絶しましたが,町衆の自治的団結のもとに,明応9年(1500)山鉾36基が巡行したと伝えられています。
 山鉾は,町衆の手によって創意がこらされ,内容外観ともにしだいに豪華なものとなりました。同時に町衆の自治的結合の強さを示すシンボルともなり,例えば天文2年(1533)の祇園会に際し,室町幕府が一向一揆のためとの理由で神事停止を命じた時,“神事これなくとも,山鉾渡したし”と反抗して,強引に巡行を決意した程でありました。
 なお,山鉾が今日みられるような形になり,豪華な飾りをつけるようになったのは,桃山時代から江戸時代にかけて貿易がおこり,町衆が繁栄した結果,ゴブラン織や西陣織などが競って用いられるようになってからです。
 このように,この祭は1100年の伝統を誇り,京都の歴史とともに歩んできました。
             
祭の規模

 日本の三大祭のひとつで,その歴史は古く,7月1日(吉符入)から29日(奉告祭)まで,祭事がほとんど1カ月にわたってくりひろげられるという大規模な行事です。
 一般には,13・14日から16日にかけての宵山と17日の山鉾巡行がひろく知られ祭のクライマックスであり,山鉾巡行には,これらの山鉾32基が,いずれも美しいゴブラン織,綴錦,工芸品等の美術品で飾った豪華絵巻をくりひろげます。
 また,最も大きな鉾は,総重量12トン,高さ27m,車輪の直径約2mで,これを曳くため約40人を要します。


祇園祭の主な行事

吉符入(7月1〜5日)
神事始めの意味で各山鉾町においては,祭神を勧請し,神官の修技を行い, うち揃って本社へ参詣します。また,今年の祇園祭に関する諸打せがおこな われます。

長刀鉾稚児のお千度詣(7月1日)
八坂神社において,今年選ばれた稚児がはじめて神前に出て,報告し祭礼中 の無事を祈る行事で,俗に顔合せのお千度ともいわれます。

くじ取式(7月2日)
17日の山鉾巡行の順番をくじによって決める式で現在は,市長立会いのも とに京都市会議場で行われます。

お迎え提灯(7月10日)
午後5時30分頃から神輿洗の神輿を迎えるため,趣向をこらした各種の提 灯をもって行列します。

神輿洗(7月10日)
神輿3基のうち,中御座の神輿を四条大橋まで運び,鴨川の水で清める行事 で午後8時頃から行われます。

鉾たて(7月10日・11日),山たて(7月13日・14日)
各山鉾町では,山や鉾を蔵から出し道路上の所定の位置に山や鉾を組み立て ます。組立ては,くぎ1本使わない伝統の手法で行われます。山・鉾たての 完成後には,町内を試しに巡行する曳初めや 初めがおこなわれます。

稚児社参(7月13日)
長刀鉾にのる稚児が,午前11時八坂神社へまいり「五位の位」をもらう儀 式です。

祇園ばやし(7月13日〜16日)・宵山(7月16日)
各山鉾町の駒提灯に灯がともり,祇園ばやしが奏でられ,町会所などに山や 鉾の人形や染織物などが飾られます。また,山鉾町の町家などでは秘蔵の屏 風や書画を飾る屏風飾りがおこなわれます。

山鉾巡行(7月17日)
午前9時,長刀鉾を先頭に山鉾32基が順次四条烏丸を出発し,所定のコ− スを巡行します。

神幸祭(7月17日)
3基の神輿が午後4時頃八坂神社を出て氏子区域を巡行して,午後9時頃四 条寺町御旅所に着き,以後24日までとどまります。

還幸祭(7月24日)
3基の神輿が午後5時頃,四条御旅所を出て,午後10時頃神社にもどります。

花傘行列(7月24日)
24日のあとの祭の山鉾巡行が17日のさきの祭の山鉾巡行といっしょになっ たため,後の祭の行事として始められた。行列は,祇園囃子,祇園太鼓,獅子 舞,花傘,馬長,武者稚児,鷺舞,田楽,六斎念仏,花街や万灯会の踊などで 午前10時に八坂神社を出発し,所定のコ−スを巡行して八坂神社に帰ります。

神輿洗(7月28日)
10日と同じ行事で,午後8時頃,四条大橋で神輿を清めます。

山鉾32基の名称

○長刀鉾○函谷鉾○月鉾○鶏鉾○菊水鉾
○山伏山○木賊山○芦刈山○白楽天山○伯牙山
○霰天神山○孟宗山○郭巨山○太子山○油天神山
○北観音山○南観音山○橋弁慶山○浄妙山○黒主山
○鯉山○鈴鹿山○役行者山○八幡山○綾傘鉾
○蟷螂山○四条傘鉾

 
松尾大社御田祭(まつおたいしゃおんださい)  京都市登録無形民俗文化財

月  日  7月第3日曜日
場  所  松尾大社(京都市西京区嵐山)
保存団体  松尾大社御田祭保存会
 鎌倉時代初期以降の記録が残り,古くから行われている豊作を祈願する松尾大社の御田植祭りで,12歳前後の3人の植女(うえめ)が,壮夫(ますらお)に支えられ,神前で授けられた早苗を両手にもって腕を水平に伸ばし,拝殿を行列を組んでまわり奉納します。


 
大文字五山送り火

 送り火としては東山如意ケ岳の「大文字」がもっともよく知られ,それゆえ送り火の代名詞のごとくいわれるていますが,そのほかに松ケ崎西山(万灯籠山),松ケ崎東山(大黒天山)の「妙・法」,西賀茂明見山の「船形」,衣笠大北山(大文字山)の「左大文字」,及び嵯峨仙翁寺山(万灯籠山・曼荼羅山)の「鳥居形」があり,これらが8月16日夜東から順番に点火され,これを五山送り火と呼んでいます。大文字五山送り火は,送り火そのものは再び冥府に帰る精霊を送るという意味をもつ盆行事の一形態で,この行事がおこなわれるようになったのは,仏教が庶民の間に深く浸透した中世−それも室町時代以降であるとされています。

 
大文字送り火      京都市登録無形民俗文化財

日  時  8月16日 午後8時点火
保存団体  大文字保存会
火床数   75箇所
 
 
松ケ崎妙法送り火  京都市登録無形民俗文化財

日  時  8月16日 午後8時10分点火
保存団体  松ケ崎妙法保存会
火床数   妙 103基   法 63基
 
 
船形万灯籠送り火  京都市登録無形民俗文化財

日  時  8月16日 午後8時15分点火
保存団体  船形万灯籠保存会
火床数   79箇所
 
左大文字送り火   京都市登録無形民俗文化財

日  時  8月16日 午後8時15分点火
保存団体  左大文字保存会
火床数   53箇所
 
鳥居形松明(曼荼羅山)
京都市登録無形民俗文化財


日  時  8月16日 午後8時20分点火
保存団体  鳥居形松明保存会
火床数   108基
 
松ケ崎題目踊(まつがさきだいもくおどり)・さし踊
               京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月15日・16日
場  所  涌泉寺(京都市左京区松ケ崎)
保存団体  財団法人松ケ崎立正会
 大文字五山送り火の一つ“妙法”が点火される松ケ崎に伝わる踊りで,徳治二年(1307)に起源をもち,涌泉寺住職実眼僧都が法華経を教導すると,松ケ崎の住民が法華の信者となったので,歓喜のあまり踊躍(ようやく)して自ら太鼓を打ち,「南無妙法蓮華経」と唱和したのが始まりとされています。
 踊りは,扇子を手に太鼓と音頭にあわせて,輪になって踊るもので,中世の芸能の面影を伝えています。又,太鼓など楽器を一切用いないさし踊も行われます。
 
市原(いちはら)ハモハ踊・鉄扇(てっせん) 京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月16日
場  所  川島織物社屋広場(京都市左京区静市市原)
保存団体  市原ハモハ尼講中
 京都の洛北に数多く伝承されているを盆踊りの一つで,明治時代には,近くの山でおこなわれていた送り火の点火後に踊られていました。ハモハ踊は,比較的古い念仏踊りで全体的に素朴で大らかな所作を特色とし,締太鼓や鉦のリズムに合わせて踊るのに対し,鉄扇は口説き調の音頭で楽器を用いない踊りです。


 
六斎念仏(ろくさいねんぶつ)

 六斎念仏は,平安時代空也(くうや)上人が,民衆に信仰を広めるために,鉦や太鼓をたたいて踊躍(ゆうやく)念仏を始めたのが起こりといわれ,後に仏教でいう六斎日(ふつう月の内,8日,14日,15日,23日,29日,晦日の6日間をいい,昔は悪鬼が現われて人命をおびやかす不吉な日とされ,精進潔斎して身を慎んだといわれる。)に行われたことから,六斎念仏とよばれるようになったと伝えられています。江戸時代中期から次第に風流化し,特に歌舞伎,地芝居,大念佛狂言などを取り入れた芸能性豊かなものに発展し,現在では六斎日とはかかわりなく,盆の行事を中心に行われています。六斎念仏には,古風で素朴な干菜系六斎と芸能化し,娯楽性をもった空也系六斎の二つの系統があります。


主な六斎念仏

六波羅蜜寺空也踊躍念仏
(ろくはらみつじくうやゆやくねんぶつ)
         重要無形民俗文化財


公開月日  12月13日〜大晦日
場  所  六波羅蜜寺
     (京都市東山区松原通大和大路)
保存団体  六波羅蜜寺空也踊躍念仏保存会
 
円覚寺(えんがくじ)六斎念仏
     重要無形民俗文化財


公開月日  8月7・14・16・23・31日
場  所  円覚寺(京都市右京区水尾)
保存団体  円覚寺六斎念仏講保存会
 
西方寺(さいほうじ)六斎念仏
     重要無形民俗文化財


公開月日  8月16日
場  所  西方寺(京都市北区西賀茂)
保存団体  西方寺六斎念仏保存会
 
久世(くぜ)六斎念仏
       重要無形民俗文化財


公開月日  8月31日
場  所  蔵王堂光福寺(京都市南区久世)
保存団体  久世六斎念仏保存会
 
吉祥院(きっしょういん)六斎念仏
       重要無形民俗文化財


公開月日  4月25日・8月25日
場  所  吉祥院天満宮(京都市南区吉祥院)
保存団体  吉祥院六斎保存会
 
中堂寺(ちゅうどうじ)六斎念仏
      重要無形民俗文化財


公開月日  8月16日
場  所  壬生寺(京都市中京区壬生)
保存団体  京都中堂寺六斎会
 
壬生(みぶ)六斎念仏
      重要無形民俗文化財


公開月日  8月9日
場  所  壬生寺(京都市中京区壬生)
保存団体  壬生六斎保存会
 
梅津(うめづ)六斎念仏
      重要無形民俗文化財


公開月日  最終日曜
場  所  梅宮大社(京都市右京区梅津)
保存団体  梅津六斎保存会
 
嵯峨野(さがの)六斎念仏
      重要無形民俗文化財


公開月日  8月23日
場  所  阿弥陀寺(京都市右京区嵯峨野宮ノ元町)
保存団体  嵯峨野六斎念仏保存会
 
千本(せんぼん)六斎念仏
      重要無形民俗文化財


公開月日  8月14日
場  所  引接寺
     (千本えんま堂 京都市上京区千本)
保存団体  千本六斎会
 
小山郷(こやまごう)六斎念仏
     重要無形民俗文化財


公開月日  8月18日
場  所  御霊神社(京都市北区鞍馬口)
公開月日  8月22日
場  所  上善寺(京都市北区鞍馬口)


保存団体  小山郷六斎保存会
 
桂(かつら)六斎念仏
     重要無形民俗文化財


公開月日  8月22日
場  所  桂地蔵堂(京都市西京区桂)
保存団体  桂六斎念仏保存会


 
松上(まつあ)げ

 松上げは,全国的に分布する柱松行事の一形態とされ,京都市内では洛北の花背(はなせ),広河原(ひろがわら),久多(くた),雲ケ畑(くもがはた)に伝わり,愛宕山への献火行事として,火除け,五穀豊穣を祈願しておこなわれます。

花背松上げ  京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月15日
場  所  京都市左京区花背
保存団体  花背松上げ保存会
 
広河原松上げ  京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月24日
場  所  京都市左京区広河原
保存団体  広河原松上げ保存会
 
久多宮の町松上げ  京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月23日
場  所  京都市左京区久多
保存団体  久多宮の町松上げ保存会

 花背,広河原の松上げは,トロギバと呼ばれる河原の一角に,小さな松明を竹にさして立てた多数の地松を一斉に点火し,鉦,太鼓が鳴るなか,直立させた高さ約20mのトロ木(檜丸太)の先端にとりつけた大笠めがけて下から上げ松といわれる火をつけた手松明を投げ上げ,点火させるという壮観な火の行事です。
 久多宮の町に伝わる松上げも同じく約10bの高さの柱松に手松明を投げ上げるもので,地元では「チャチャンコ」と称し,地蔵盆の行事として行われています。

 
雲ケ畑松上げ    京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月24日
場  所  京都市北区雲ケ畑
保存団体  雲ケ畑松上げ保存会
 雲ケ畑の松上げは,雲ケ畑出谷町と中畑町の2か所で行われ,花背や広河原,久多の松上げの形態とは異なり,100束余の真割木の松明を文字の形をした3m四方の櫓にくくりつけ点火するもので,その文字は毎年異なり,点火されるまで秘密にされています。
 
広河原(ひろがわら)ヤッサコサイ  京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月24日
場  所  広河原観音堂(京都市左京区広河原)
保存団体  広河原郷土芸能保存会
 広河原に伝承されている盆踊りで,観音講と松上げ行事の日におこなわれます。浴衣に三幅前垂をつけ,下駄履き姿の女性たちと手甲に袢纒(はんてん),タチカケといった山行き姿の男性たちにより踊られるます。「ヤッサコサイ」は,楽器を用いず,お堂の床の上で下駄のリズムに合わせて,即興的な変え歌をおりまぜながら男女の掛け合いの形式で踊る盆踊りです。
 
上高野念仏供養踊(かみたかのねんぶつくようおどり)
            京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月19日
場  所  宝幢寺(京都市左京区上高野)
保存団体  上高野念仏供養踊保存会
 洛北の上高野に古くから伝承されています念仏踊りで,大正末期を最後に中断していましたが,近年復活されました。鉦,太鼓の囃子と三幅前垂,赤の襷,白足袋,赤緒草履という揃いの浴衣姿の女性が右手に団扇を持ち,念仏を唱えながら踊られます。
 
鉄仙流白川踊(てっせんりゅうしらかわおどり)
         京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月15日
場  所  北白川小学校校庭(京都市左京区北白川)
保存団体  北白川伝統文化保存会
 北白川に伝承されている踊りで,江戸時代の寛政年間(1789〜1801)に最も盛んに行われたと伝えられている盆踊りで,鉄仙という僧が創始したとされています。楽器は用いず,音頭取の音頭にあわせて,浴衣を着た老若男女が輪になって踊るも ので,「梅若丸」「お染久松」「石川五右衛門」などの曲目が伝承されています。
 
久多花笠踊(くたはながさおどり)   京都市指定無形民俗文化財

月  日  8月 24日
場  所  志古淵神社(京都市左京区久多)
保存団体  久多花笠踊保存会
 京都市左京区の北端にある山間の静かな久多に伝わる風流(ふりゅう)の灯籠(とうろう)踊です。菊,あやめ,朝顔,ダリヤ,ばらなどを和紙や灌木の芯でつくる花づくりや意匠を尽くした行燈の透かしをつくる灯籠づくりが花宿で始まり,この花笠灯籠を手にもった男性たちが,太鼓や鉦の音と伝承されている音頭にあわせて踊りを奉納します。
 
一乗寺鉄扇(いちじょうじてっせん)  京都市登録無形民俗文化財

月  日  8月31日
場  所  八大神社(京都市左京区一乗寺)
保存団体  一乗寺郷土芸能保存会
 一乗寺鉄扇は,「八朔踊」もしくは「豊年踊」の名で伝えられています盆踊りで,6名ほどの音頭取りが2組に分かれ,各々の音頭に合わせて男女が輪踊りするもので,楽器は用いず「(何々)え」と,「え」を句尾とした口説き調の音頭に特色があります。


 
紅葉音頭(もみじおんど) 京都市登録無形民俗文化財

 近世に庶民の間で流行した踊りや音頭に起源をもち,江戸時代のはやり歌や歌舞伎のセリフなどから逐次作詞され,節をつけたものとされる。楽器を用いず音頭取の音頭にあわせて女性が輪になって踊る静かで素朴なもので,現在,上賀茂と修学院で伝承されています。

修学院(しゅうがくいん)紅葉音頭・大日踊

月  日  8月27日
場  所  修学院集会所前広場(京都市左京区修学院)
保存団体  修学院紅葉音頭保存会
 踊りの前に松明をつけ,提灯の前に列座し,三方に盃をのせ,給仕から酒を受けて乾盃するといった儀礼が行われ,「近江八景」「四条八景」「菊流し」など伝承されている音頭にあわせて踊りが行われます。



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