嵯峨お松明(さがおたいまつ)   京都市登録無形民俗文化財

月  日  3月15日
場  所  清凉寺(嵯峨釈迦堂)(京都市右京区嵯峨)
保存団体  嵯峨御松明保存会
「嵯峨の柱松明(はしらたいまつ)」とも呼ばれ,釈迦の涅槃会(ねはんえ)に行われる京都の代表的な火を伴った行事です。松の枯枝などを藤づるで結びつけて組んだ高さ約7m余りの3基の柱松明が作られ,護摩木の火をうつしたわら束で火が点火されると大火柱となります。この行事は,釈迦の荼毘(だび)をしのぶものとされていますが,地元では3基の柱松明を早稲(わせ),中稲(なかて),晩稲(おくて)にたとえ,その燃え方でその年の豊凶を占うともいわれています。

 
やすらい花(ばな)

 平安時代に起源をもつと伝えられます“やすらい花”は,桜の花の散る頃,流行する疫病を退散させるため,風流(ふりゅう)の扮装をして鉦,太鼓をたたき,踊りながら今宮神社(疫(えき)神社)へ参拝し,無病息災を祈願したのがはじまりといわれています。
 花が主役の祭礼で,花の疫神を鎮め,この年の豊作を祈願するもので,花の呪術性に,「風流(ふりゅう)の拍子(はやし)もの」の影響が加わったものとされています。
 現在,やすらい花は京都洛北の4カ所で伝承されており,とりどりの花で飾った花傘(この中に入ると疫病にかからないという)を中心に,赤毛,黒毛をつけた鬼が,鉦や太鼓をたたきながら跳びかい,各神社の氏子地域を練り歩きます。

今宮やすらい花    重要無形民俗文化財

月  日  4月第2日曜日
場  所  今宮神社(京都市北区紫野)
保存団体  今宮やすらい会
 
川上やすらい花   重要無形民俗文化財

月  日  4月第2日曜日
場  所  川上大神宮(京都市北区西賀茂)
保存団体  川上やすらい踊保存会
 
玄武やすらい花   重要無形民俗文化財

月  日  4月第2日曜日
場  所  玄武神社(京都市北区紫野)
保存団体  玄武やすらい踊保存会
  
上賀茂やすらい花   重要無形民俗文化財

月  日  5月15日
場  所  賀茂別雷(上賀茂)神社
      (京都市北区上賀茂)
保存団体  上賀茂やすらい踊保存会

 
念佛狂言(ねんぶつきょうげん)

 京都の念佛狂言は,大念佛あるいは大念佛狂言といわれ,仏教的色彩の濃厚な宗教劇として始まり,次第に能狂言などを取り入れ芸能化してきたもので,壬生寺の壬生大念佛狂言,嵯峨清凉寺(通称 嵯峨釈迦堂)の嵯峨大念佛狂言,引接寺(通称,千本えんま堂)の千本えんま堂大念佛狂言,神泉苑の神泉苑狂言が伝承されています。

壬生(みぶ)大念佛狂言   重要無形民俗文化財

月  日  4月21〜29日,10月体育の日を含む3日間
      2月2・3日
場  所  壬生寺狂言堂(京都市中京区壬生)
保存団体  壬生大念佛講
 鎌倉時代,壬生寺を興隆した円覚上人(1311年没)が京の町に道場をもうけ,融通(ゆうづう)念仏をひろめ,因果応報の道理を無言の所作によってさとされたのが始まりと伝えられます。能,狂言と異なって一切のせりふがなく,鰐口(わにぐち)・笛・太鼓の囃子に合わせた身ぶりによる無言劇です。
 
嵯峨(さが)大念佛狂言   重要無形民俗文化財

月  日  3月15日・4月第1日曜・第2土曜・第2日曜・10月第3日曜
場  所  清凉寺(嵯峨釈迦堂)狂言堂(京都市右京区嵯峨)
保存団体  嵯峨大念佛狂言保存会
 壬生大念佛狂言と同じく身ぶりによる無言劇で,円覚上人の発願によるものと伝えられ,古くは清凉寺の大念仏法会に合わせておこなわれていました。江戸時代中期に能や狂言などの影響により演目も次第に増え,「釈迦如来」など嵯峨特有の演目も伝承されています。
 
千本えんま堂大念佛狂言   京都市登録無形民俗文化財

月  日  5月1日〜4日
場  所  引接寺(千本えんま堂)(京都市上京区千本)
保存団体  千本えんま堂大念佛狂言保存会
 平安時代末期,恵心僧都の弟子定覚上人によって創始され,その後途絶え,如輪上人によって再興されたと伝えられています。壬生,嵯峨,神泉苑の狂言とは,異なり演目の大部分が能,狂言と同じくせりふ劇であるところに特徴があります。
 
神泉苑(しんせんえん)狂言  京都市登録無形民俗文化財

月  日  5月1日〜4日
場  所  神泉苑狂言堂(京都市中京区御池神泉苑)
保存団体  神泉苑大念佛狂言講社
 鎌倉時代,壬生寺を大いに興隆した円覚上人(1311年 )が京の町に道場をもうけ,融通念仏をひろめ,因果応報の道理を無言の所作によってさとされたのが起源と伝える壬生大念佛狂言の流れをくむもので,明治36年に始められ,壬生大念佛狂言とほぼ同じで,鰐口(わにぐち)・笛・太鼓の囃子に合わせた無言劇です。
 
松尾祭桂川舟渡御(まつおさいかつらがわふなとぎょ)

月  日  4月20日以降の日曜日
場  所  京都市西京区嵐山 桂離宮西右岸より桂大橋左岸へ
保存団体  松尾祭桂川舟渡し保存会
 松尾大社の松尾祭の神幸祭には,神霊を遷した6基の約1トンの大きい神輿をそれぞれ神舟にのせ,桂川を渡御する勇壮な舟渡しが行われています。昭和38年に中止されましたが昭和58年に復活されました。
 平成8年、駕輿丁船が祭の騒ぎなどで昭和33年中止となって以来、38年振りに復活し、昔ながらの舟渡御の姿となりました。
 
糺の森流鏑馬(ただすのもりやぶさめ)

月  日  5月3日
場  所  賀茂御祖(下鴨)神社(京都市左京区下鴨)
保存団体  糺の森流鏑馬神事保存会
 流鏑馬は,騎手が馬を走らせながら鏑矢を射るもので,平安時代より公家,武家の間でおこなわれ,鎌倉時代に最も盛んになり様々な流儀や作法が生まれたといわれています。下鴨神社に伝わる流鏑馬は貞観15年(873)に行われた走馬,騎射を起源とするといわれ,昭和48年に復活されました。衣冠巻纓(いかんけんえい)に行騰(むかばき)姿,背に箙(えびら)を負い,鏑矢(かぶらや)を差した射手が的を次々に射ながら馬場を疾走します。
 
賀茂競馬(かもくらべうま)    京都市登録無形民俗文化財

月  日  5月5日
場  所  賀茂別雷(上賀茂)神社(京都市北区上賀茂)
保存団体  賀茂競馬保存会
 寛治7年(1093)に宮中武徳殿の式を上賀茂に移し,奉納されたことに由来すると伝えられています。馬を走らせ競うだけでなく,乗馬の流儀,菖蒲(しょうぶ)の根合わせの儀式や装束などに古い形態がみられます。“乗尻(のりじり)”と呼ばれる騎手が,左右に分かれ,馬場を2頭づつが競い合うもので,この競馬の勝負は,その年の豊凶を占うものともいわれています。5月1日には,馬の毛並みや遅速などを調べ,競馬の番立を決める足汰(あしぞろえ)式がおこなわれます。
 
藤森神社駈馬(ふじのもりじんじゃかけうま)  京都市登録無形民俗文化財

月  日  5月5日
場  所  藤森神社(京都市伏見区深草)
保存団体  藤森神社駈馬会
 藤森神社祭神 早良親王が、天応元年陸奥の反乱に対し征討将軍の勅を受け、藤森神社に祝誓出陣した際、擬勢を象ったもので室町時代には武官により深草祭(藤森祭)に奉納されたもので、江戸時代には伏見奉行所の衛士警固の武士や町衆などによっておこなわれ、江戸時代中頃に流行した曲芸的な馬術の「曲馬(くせうま)」の影響を受けたとも考えられ、祝意を表す「寿」や左馬の「一字書き」や「藤下り」など勇壮な乗馬の技が演じられます。
 
一乗寺八大神社の剣鉾差し
(いちじょうじはちだいじんじゃのけんぼこさし)
京都市登録無形民俗文化財


月  日  5月5日
場  所  八大神社(京都市左京区一乗寺)
保存団体  八大神社剣鉾保存会
 京都の祭礼には,古くから神輿渡御を先導する剣鉾差しがおこなわれています。鉾差しが,腰につけた差袋に鉾を立て,前後に揺らせ,鈴を鳴らしながら歩くもので,昔の形態を維持するところが少なくなっているなかにあって,一乗寺八大神社の祭礼では,3基の剣鉾全てが神輿とともに巡行し,順次差されています。
 
嵯峨祭(さがまつり)の剣鉾差し    京都市登録無形民俗文化財

月  日  5月第4日曜日
場  所  大覚寺,嵐山(京都市右京区嵯峨)
保存団体  嵯峨祭奉賛会
 愛宕・野々宮両神社の祭礼を嵯峨祭と呼び,5基の剣鉾が,嵯峨の各町から出され剣鉾差しが神輿の巡行に伴い各所で行われます。嵯峨の剣鉾差しは,他所の鉾の差し方と少し異なり,体を左右にねじるなど歩き方に特色があります。
 
葵 祭(あおいまつり)

月  日  5月15日
 古くは,賀茂(かも)祭といい,賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)と賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(上賀茂神社)の例祭で,わが国の祭のうち,もっとも優雅で古趣に富んだ祭といわれます。この祭の特徴は,平安時代以来,国家的な行事としておこなわれたことで,そのために,わが国のなかでも,数少ない王朝風俗の優雅な伝統をもちつづけています。葵祭と称せられるようになったのは,江戸時代の元禄7年(1694)の再興以降のことといわれ,当日内裏宸殿の御簾をはじめ,御所車,勅使,供奉者の衣冠,牛馬にいたるまで,
すべて葵の葉でかざるところからこの名があると伝えられています。
 起源は,欽明天皇の頃(約1400年前)五穀がみのらなかったことから,当時賀茂皇大神の崇敬者であった卜部伊吉若日子(うらべいきわかひこ)を勅使として,馬に鈴をつけて走らせこれを祭礼をおこなったところ,豊作になったといわれ,以来連綿とつづき,平安時代が最も盛大に行なわれたとされています。
 現在は,路頭の儀,社頭の儀からなっていますが,このうち,一般には路頭の儀(行列)がひろく知られています。路頭の儀は,奉幣使の参向の行列のことで,行列は,勅使をはじめ検非違使,内蔵使,山城使,牛車,風流傘,斎王代など,平安朝貴族そのままの姿で列をつくり,御所を出発し,王朝風の優雅な列が市中を練り,下鴨神社を経て,上賀茂神社へ向います。
 
雅 楽(ががく)

主な公開月日及び場所
    5月12日 御陰祭 賀茂御祖(下鴨)神社(京都市左京区下鴨)
    5月15日 葵祭 賀茂別雷(上賀茂)神社(京都市北区上賀茂)
          ・賀茂御祖(下鴨)神社など
保 存 団 体   平安雅楽会など
 今日,日本で演奏されている雅楽は,およそ千四,五百年前,朝鮮及び中国,印度から伝来した器楽曲及び舞楽と,これら外来楽にもとづいて作られた歌曲と,わが国で上代から伝えられてきた固有の歌舞などがあり,平安時代を通じて宮中の諸儀式や饗宴などでもちいられたほか社寺の祭典,法要等にもしばしば奏されました。現在,京都でも葵祭や御陰祭をはじめとする祭礼などでよく演奏されます。



☆ホームページへ